「薬研藤四郎だ、よろしく頼む」
「…はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
鍛刀したばかりの薬研は私の顔をじっと見つめている。凝視と言っても過言ではないそれにおもわず首を傾げると、突然爽やかな笑顔をくらった。
「どうかしました…?」
「いんや、…いちにい達が好みそうな娘だと思って」
彼の言葉に「ええ?」とおもわず上擦った声をあげてしまった。控えていた一期は対照的に落ち着いた声をあげた。
「薬研、突然何を言い出すんだ」
「悪い、ついな」
「……主、申し訳ありません。後でしっかり言い聞かせておくので…」
「短刀だからって、俺も子供扱いか?」
「はあ…」
ばくばくしだした胸を落ち着かせようと息をついた。平静を保たねば、今後まともに一期が見られなくなりそうだ。視界の端にぼんやり映すだけに留め、薬研を一生懸命見つめた。
「え、えっと…そうだ、他の子達にも挨拶しにいきましょうか」
「えぇ、そうですね」
「おう、そうする」
「……薬研、皆も待ちかねていたんだよ」
「それはわりぃな、待たせちまったみたいで」
「…二人とも先に行っていて、私は鍛冶場の後片付けをしておくから」
「承知いたしました」
遠のいていく二人分の足音。しゃがみこんで、ごうごうと燃える炉の傍でいつも鍛刀してくれている式神を札に戻す。風に舞って手の平に収まった札を握りしめる。振り返って、誰もいないことを確認した後、もう一回息をつきながら「また粟田口の子かあ…」と呟いた。
我が本丸の刀剣は粟田口しかいなかった。粟田口といえば短刀が多くを占める。それ以外でも一応は粟田口の脇差二振、太刀の一期一振がいたから今までの戦にさほど問題はなかった。これからは夜戦もあるし、短刀だって重宝する。しかし…ここまで粟田口しか出ない審神者っているんだろうか?別に不満というわけではないが、打刀や大太刀も戦力に加えたい気持ちもある。紙の感触を確かめながら、次は冷却材の分量を減らした方がいいのか、鉄を増やせばいいのか…、と考える。…今度は別の比率を試そう、と決めた後、未だ燃える炉の炎に札をくべると、いつものように息をふいて火を消した。重い腰をあげると歓声のあがる本丸へ戻ることにした。
「主さん!今夜も歓迎パーティするよね!僕、ケーキ作るの手伝っちゃうね!」
「薬研がケーキ食べる所とか、想像できないけどな」
「だからってお酒はまずいでしょお?」
「そりゃそうだろ」
本丸に戻ると、乱が腰に抱き着いてきた。頷いて頭をなでていると、厚が乱を引きはがした。確かに子供の姿でお酒はちょっとね、甘酒くらいならいいんだけど、と苦笑いしていると、「じゃあ甘酒!」と乱が私の周りを回る。新しい仲間がくる度嬉しそうだ。目を細めてその様子を見つめると、その内秋田と五虎退が居間から駆けてきた。
「主様!そろそろ夕餉を作る時間ですよね。僕、手伝います!」
「僕も手伝います!」
あっという間に手をつながれると、二人に台所へ誘われる。私たちの後を乱と厚がついてくる。台所に着くと、もやもやした気持ちを振り払おうと、腕をまくって、冷蔵庫から取り出す材料を指示することにした。短刀達はてきぱきと所定の場所から卵、鶏肉、小麦粉など取り出していく。手伝い慣れてくれたおかげである。…一応新しい短刀が来た時はケーキを作るのが伝統になっていた。大人びた口調の短刀がきたからどうするべきか、と悩んだがやっぱりケーキを作ることに。私は私で、ケーキの型を取り出しながら、並行しておかずを料理しようとフライパン、まな板も取り出した。台所のシンクに材料が並び終わった所で係を別けることにした。手際のいい乱は具材の多いちらし寿司係、厚はお吸い物、秋田はハンバーグにサラダ、五虎退はケーキつくりの補助をしてもらおう。毎度のごとく泡だて器は交代交代で…。
**
完成した料理を広間の長机に並べる。他のメンバーは薬研君たちと話していたようで、ジュース、お茶、甘酒やらコップやら、箸、とり皿を配ったりするのを手伝ってくれた。薬研君も手伝おうとしてくれたが主賓なので座ってもらう。並び終え、薬研君を上座に座らせ、粟田口家族と「いただきます」。わいわいしながらみんな思い思いの料理をとり皿にうつす。席をたまに交換したりして、薬研君と話す機会をみんなに。薬研君は料理を「うまいうまい」と食べてくれる。やっぱり彼は豪快で、大人っぽく、甘いものより肉!みたいな子だったけれど、(ハンバーグをお気に召してくれたようだ)デザートにケーキをほおばり、「大将、うめえな」と言ってくれた姿はちょっとキュンとした。ギャップか。
意識しないようにしていたけど、やっぱり終始、一期と目が合わせられなかった。話しかけてくれる時もあったが、なんだか顔が赤くなっているような気がして曖昧な返事しかできていなかったように思える。これからどう接すればいいの…。つい意識してしまったが、あれは冗談だし、薬研君の主観だし…。あれ、そういえば「いちにい『達』」だったっけ?…あれ?
歓迎会は終わり、たくさんの皿を台所へもっていき、洗う作業をのこすのみ。みんな薬研君とゆっくりしていて、と手伝いの申し出を断り、一人で洗い物をしている。考え事をするのに洗い物はうってつけだった。
もしかしたら私が一方的に勘違いしているだけだったかもしれない。…だったら、私だけ一人浮かれて、慌てて、…馬鹿みたいじゃないか。「ひ、独り相撲…」真っ先にその言葉が浮かんだ。肩を落とす。…本当に私が一期の事を好きみたいじゃないか。
「主」
「はいッ!?」
「驚かせてしまいましたか?申し訳ありません」
当の本人から声をかけられ、おもわず洗っていた皿を滑り落としそうになった、が、落とした皿は一期に掴まれていた。一期は私の背後、至近距離にいることになる。ふわりと一期の香りがするもの。
「あ、ありがとう」
「いえ」
一期から皿を受け取ると、ぎこちない動きで皿の泡を水で落とす。食器カゴに先程の皿を置くと、手をタオルでふいて、振り返った。一期が先程から一歩引いたものの、すぐ近くで立ったままだからである。じっと私を見ている。…凝視といっても過言でない。デジャブか。
「…あの、どうかした?」
ごく自然に話しかけたつもりである。
「主には薬研を迎えてくださった事を感謝しなければと思いまして」
「そんな堅いこと言わないでいいよ」
一期はお堅い刀だから仕方ないかもしれないが。
「主のおかげで粟田口派の刀剣も揃ってきております」
「うん」
「…何故他の刀派の刀が鍛刀できないか主にはお分かりですか」
一期も気にしていたのか。そんな事を言われたのは初めてだった。おもわず、「やっぱりそうだったよね!」と軽やかに言い出しそうになるのをこらえた。一期は粟田口派を気に入っている。安易に「分かってもらえたか」なんて感じで口に出していけない気はする。
「…まあ、そうだね…。私も分からないけど…」
「原因は、私達が貴方を気に入っているからやもしれません」
「…えっと」
笑えない雰囲気、真剣な眼差しで刺されそうだ。だからか、気に入っていると言われたのに、褒め言葉というか好意の言葉というか、そういった嬉しいものに受け取れない。彼らが私を気に入ったから他の刀派の刀が現れないというのか?
「鍛刀以外でも、戦で刀を拾う事もできるのに、そうはしませんでした」
「……」
私を気に入っているという言葉を聞かねば、同じ刀派だけだと居心地いいからだよね、そうかそうか、なんてフォローできそうだが、これにどう返事をしたらいいのだ。
「我らは家族のようなものだと思っとります。勿論、主もその一員だとも」
蛇ににらまれた蛙のように物言えず、動けず。
「私達は貴方をお慕いしております」
体が固まった拍子につばを飲み込んだ。重々しい。愛の言葉なんてものでなく、呪詛のように聞こえる。
「ですから、主にも我らを愛していただきたいのです。…言葉など、軽いものはいらんので、主を下さればいい」
ここで頷くと大変なことになる。最悪の想像が浮かび、「それは駄目」と震える言葉を発することが出来た。
「ですが、…貴方は供物のようなものではありませんか。…悪く言えば、政府から捧げられたいけにえのようなもの。我らを従えていますが、我らを拒む術はなく、我らを受け入れねばならんのです。さあ、主、ご自身をささげてください。」
私に迫った一期は腕を掴む。私を掴んだまま台所を出て、廊下を早歩きで進んでいく。「いや」「やめて」と言っても聞いてくれない。居間へ入ると乱暴に投げ出された。
「いっ…!!」
受け身をとれるはずもない。打ち付けられ痛む体をかばいながらも起き上がろうとする。ここから逃げなくては、という本能か。従ってくれないし、酷いことをされた。ショックなことが多すぎて泣き出しそうな私を上からあざ笑う粟田口の刀達。みんなが私を見下ろして笑っている。
「あ」
慈しむような笑みにぞっとした。私を囲う刀達。逃げ道はない。
「さあ主」
一期が再度私に触れる。今度はガラス細工でも触るんじゃないかという程優しい手が肩にかかる。
「早く、我らにお捧げ下さい…。皆待ちかねております…」
「ひぅ」
耳もとで囁かれる。恐怖や甘く感じてしまった何かでおもわず声が漏れる。
「さあ」