臆病だから言わなかった

※タルタリヤの本名ネタバレ

「折角だし、思い出話でもしない?」
「うーん……色々あったねとしか言えないなあ。…あ、しいて言えば小さい時さ、私がからかわれたとき、アヤックスはからかった子に近づいて、いきなりパンチしたよね。それで、相手の子も殴り返したけど、結局はアヤックスが馬乗りになってからかった子を殴り続ける惨事になったね。あの時のアヤックス、凄い怖かった。泣きながらやめて、って服をひっぱったらやめてくれたけど、あれ以来私とアヤックスに近づく子が暫くいなくなったっけ」
「他の思い出話ってないの?」
「ごめん」
「酷いなあ、ナマエってば……、他にもあるだろ。ころんだナマエをおぶって帰った話とか、お互いプレゼントしたもの、今でも大事に持ってるとかさ」
「……うん」

 アヤックスにはお気に入りだったビー玉を、私には可愛らしいヘアピンを贈り合ったっけ。色褪せてしまった今でも部屋の引き出しにしまってあるな、なんて思い返していたら、アヤックスが小さな袋からビー玉をとりだしてみせてくれた。泣きだすのをこらえるため、かたく目をつぶって、ゆっくり開く。それを持って、行ってしまうのか。

「元気ないね、相変わらず心配性だなあ」

 沈んだ私に手を焼いているのが見て分かる。明るく振舞った方がいいのだろうが、無理してそうしても、アヤックスは嫌がりそう。俯いて他人事のように考えていると、テウセルが私たちの間に入ってきてくれた。

「ナマエお姉ちゃんってば、お兄ちゃんに会えなくなるの寂しいんだ~!」
「テウセルほど……寂しくはないよ。さっきからアヤックスにくっついてばっかでしょ」
「そんなこと、ないよ?」

 頬をふくらませるテウセルの頭を優しくなでるアヤックスお兄ちゃん。それを見届けた後、彼らから離れて居間の隅へ移動した。

 国からの迎えがくるまでに話をする時間があった。アヤックスと簡単には会えなくなるのだから、末っ子のテウセルは別れがたいと、じゃれつきながら長兄にしがみついていた。ほぼ「軍隊」に近い勤め先に向かうアヤックスだが、テウセルはそれを知らない。「おもちゃ販売員」とかいう可愛い嘘をいつまでつき続けられるのだろうか。聡いトーニャは、彼の両親、兄や姉の表情を察して、思いつめた顔をしていた。

 家族との別れの場に招かれた私は、とても居心地が悪かった。身を縮ませながらも家族と談笑するアヤックスを見つめている。

 アヤックスはファデュイに入隊する。

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 建前はお国の為なんだけど、本当は強いやつらと戦う為なんだよね、とアヤックスはいたずらっぽい顔をして私にこっそり教えてくれた。
 初めてファデュイに入ることを明かされた時、そうか、そうだろうな、と無言で頷くしかなかった。彼にはファデュイこそ天職なのかもしれない。

 アヤックスは――彼がとても大切にしている家族にすら内緒で遅くに帰ってくることがしばしばあった。しかも、生傷を作って。アヤックスを咎める彼の両親の声が聞こえたものだ。お父さんは悲し気に、お母さんは涙声だった。ベッドの中で丸まりながら、外からかすかに聞こえる声に思いを馳せる。アヤックスはそう言われた時、どんな顔をしていただろうか。

 アヤックスのご両親でも彼を止められなかったわけだが、それだけ「戦い」にはアヤックスを満たす何かがあるんだろう。

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「迎えがきたわ、ナマエちゃん」

 私を気遣ったお姉さんの声に、はっと顔をあげる。お別れの言葉、再会を願う言葉がアヤックスに向けられていた。アヤックスは玄関へ向かおうとしている。慌てて彼に駆け寄るも、なんと言おうか、口ごもってしまう。アヤックスは私に気付き足を止める。私の言葉を待っていた。

「アヤックス、体に気をつけて。……幸せになってね」
「なんだいそれ、今世の別れみたいだね」

 やっとのことで口から出た言葉は、自分で言っておいて嘘みたいに後ろ向きだった。冗談でしょ、とばかりに大げさに肩をすくめるアヤックスを苦い顔で見つめる。

「じゃあ、再会できるって期待していいわけ?」
「そりゃあ里帰りくらいするさ」
「ふうん」
「俺の言葉が信じられない?」

 「分からない」と正直な気持ちが口から出てきそうだったが、ぐっと押し留めて、誤魔化すようにへらっと笑うしかない。分からないんだよ、アヤックス。
 アヤックスは私の気持ちを知ってか、頭を優しく撫でてくれた。小さい頃より大きく、ごつごつとした感触に、本当に目の前の人がアヤックスか分からなくなる。

「俺はナマエが思うより、ずっと強いからね。また必ず会えるから、そんな顔しないでいいんだよ、ナマエ」
「アヤックス」

 私に心配かけまいとからからと笑うそれは、小さい頃から変わらない。本当に自信のある時しか見せない表情だった。やっと息をつけた私を見届けて、彼は手を振った。私も「うん、またね」と手を振り返す。

 行ってしまうアヤックスの後ろ姿を見届ける。後悔が湧いては、でもでも、だって、と首を振る。あの時のように涙を零し、傷つき、傷つけるのをやめてほしい――と言えば、ファデュイにいくのをやめてくれただろうか。