平凡な俺が若様に③

 八重様が指定した集合時間に間に合うように屋敷を出て、離島の中心部に到着した。渡された紙には他にもいろいろ書いてあった。「折角の逢引きなのだから、別々で家を出て待ち合わせをすること、特に綾人は公務用の服では目立ちすぎるから、私服を着てくるように…」等。

「若様、お待たせして申し訳ないです」

 いつもの公務の服ではない着物姿の若様が書物を読みながら、既に待ち合わせ場所に待ってくれていた。若様を待たせまいと約束の時間の10分前に着いたはずなのだが、若様はそれより早く屋敷を発っていたようだ。
 着物の裾部分が青く、上にいくにしたがって白色がまじっていく色合いで、若様に似合っている。
 若様は俺に気づくと、着物の袖の中に本を収納した。いつも思うが、若様の袖の中、どうなっているんだろう。

「そこまで待っていないよ。それに、今日は私に気を遣って接する必要もないだろう。なにせ「恋人」として接するのですから」
「こい、びと……っ、ですが、そういう訳には…」

 その言葉に身をゆだねていいものやら、と悩んでいると、「そうじゃな、綾人の言う通りじゃ」と颯爽と八重神子様が現れた。後ろには稲妻で見慣れない服装の子らを従えている。

「彼らは…」
「汝らの逢引きを監視し記録する人物も必要じゃろう。であるから、尾行に協力してくれる者を見繕った。旅人と…付属の嬰児じゃ」
「よろしくお願いします」
「よろしくな!」

 こちらも頭を下げる。八重様の物言いにツッコミたくなるが我慢する。

「なあ、旅人、八重が言った「えいじ」ってなんだ?」
「多分、赤ん坊のことだと思う」
「……オイラは赤ちゃんじゃないぞーっ!!」

 「それになんだ付属って!」と小さな子供が空中で地団駄を踏んでいる。空中で。それを冷静に諫める少年。トーマのような髪色をしている。誰もつっこまないなら、俺も黙っていよう。
 この金色の髪の子が若様やお嬢様が仰っていた「旅人さん」なのだろう。そして、小さい子の方が「パイモンさん」。噂には聞いていたが、俺たちの尾行をしてもらうんだな…。

「小説作りのことなど気にせず、思い切り二人の逢瀬を楽しむがよい」
「あはは…絶対、頭の片隅に残り続ける予感しかしませんけど…」
「今はそうであろう、だが、時間が経つにつれ忘れる筈じゃ。…励めよ、神里の若造よ」

 「では、今から逢引き開始じゃ!」と八重様はそそくさとその場を去っていった。「俺たちも隠れなきゃ」「そうだな!」と旅人さんとパイモンさんもその辺にある茂みに隠れた。

 暫しの沈黙の後、「あっ!そういえば」と若様の着物を見て思ったことを告げる。

「若様ってたまに綾華様に連れられて、着物を買うじゃないですか」
「そうだね」
「その時、大体奇抜なやつを買っていくじゃないですか。今日はそうではないんですね」

 どでかい水玉模様の羽織とか、キノコ柄の帯、それに金色の着物を買って来た時は「いくらしたんですか…?」と問い詰めたものだ。幸い、本物の金を使っておらず、鉱石を利用して作った試作品を買い取ったからお手頃だよ、と楽し気に金色の着物姿を見せびらかしていた。

「好きな柄は奇抜なものだけど、時と場合によって弁えているってことだよ」
「若様が本気のデートをする時は真面目に着物を選ぶってことですね」
「そういうこと、ナマエはいつも通りだね」
「ああ…着物にお金を使うより、勉強になる書物や……お酒をよく買っているので…。勿論!ちゃんとお給金は貯めていますよ!」
「知っているよ。酒に慣れようとして、呑み続けている内に酒を嗜むのが好きになったらしいね」

 若様がお家を復興させ、稲妻のお偉方から酒の席を設けられたことがあった。あまり酒を嗜んでこられていない若様。お偉方がいる前で酔っ払ってしまうのはまずい、と俺が大酒呑みなんです!と若様の代わりに酒を飲み続けて、宴会が終わった頃に気が抜けて、倒れて、酔い潰れたことがある。若様に手近な宿屋に連れられ、介抱されたなあ。
 今も宴が開かれるたびに、若様が呑む酒を、「酒豪のナマエ」が代わりに呑んでいる。たくさん呑めばお偉方も喜んでくれる。最初の内はしんどかったけど、酒の旨みが分かるようになってきて、個人的に酒を買うようになったんだよなあ。
 でも、酒好きになったって、若様に話した覚えがあったろうか。トーマら同僚たちには話したことはあったのだが…。

「それ、トーマから聞きました?」
「あぁ」

 素直に頷く若様。そう思うと、若様と個人的な話をする機会が本当になくなっているかもしれない…。「俺との距離が遠くなった」という若様の言葉はあながち間違いではないのだろう。

「…あ、そういえばお店を巡らないと、ですね」

 話を逸らすように八重様から渡された紙を開くと、「まずは容彩祭で提供する試作品の飲み物の味見をするために、セーリングブリーズへ向かえ」と書いてある。若様にも内容を伝えると、丁度近くにある店に顔を出す。

「ナマエさん、こんにちは」
「カルピリアさんこんにちはー。八重様から言付かっているのだけど、試作の飲み物の味見をさせて頂けますか?」
「えぇ、どうぞ」

 カウンターに置かれたものは、紫色のソースとクリームが入ったドリンク。美味しそうだなあ、と呟きながらもう1つ、ドリンクを待っているが、出てこない。代わりにカルピリアさんが差し出したのは、ハートの形をしたストローだった。先が二つに別れていて、二人で飲めそうだね!

「カルピリアさん?」
「八重宮司様よりこのように提供するようご指示があったのですが…?」

 お互いに「あれ?」「ん?」と首を傾げていると、「お膳立てをしてくれているみたいですね」と若様がドリンクとハートのストローを俺の手から持ち去っていく。

「お嬢さん、そちらのベンチで試飲させて頂きますね」
「えぇ、どうぞ」

 困惑しながら若様が座ったベンチの横に座る。八重様はカルピリアさんに、恋人のフリをしていることを伝えてあるのだろうか…。

「これは…一緒に飲めってことですか?」
「そうらしいね」
「若様、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だが、ナマエは?」
「はい、大丈夫…です…」

 八重様からの試練だと思うしかない…。断るのも申し訳ないし、別にそこまで嫌って訳でもないし…。
 一人ずつ飲むべきだろうが、記録・監視している旅人さんたちにも悪いし、「一度だけ二人で一緒に飲みましょうか!」と己の目線がよく分からない所を行き来しているのを自覚しながら提案する。
 若様が頷き、ストローを咥える、俺も覚悟を決め、ベンチに座る距離を詰める。ストローを口にし、ドリンクを飲む…が、味がよく分からない。飲んだ際カシャッという音がしたが、旅人さんたちが写真も撮っている…かもしれない。

「美味しいですね」
「そ、そうですね、美味しい…」

 俺が動揺しているのを察してか、若様がドリンクを差し出す。「もう一度飲んでごらん」と気を遣われてしまった。見守られながらも、一人でゆっくり飲んでみると
果実の酸味とクリームの甘みが合わさって本当に美味しいことが分かった。豆乳のクリームを使っているのか、普通のクリームと違い、もったり感があり、クセになる味わいだ。

「ありがとうございます、若様もどうぞ」
「ありがとう」

 若様も、もう一度ストローに口をつけ、ドリンクを啜る。頷いて「やはり美味しいね」と微笑んだ。

「でも若様は目新しいものなら何でも『美味しい』じゃないですか?」
「何でも美味しいと思えることは良いことじゃないのかい?あぁ、そうだ離島に行ったついでにウミレイシ牛乳……」
「すみませんそれは遠慮させて下さい。…デート的にもよろしくないかと」
「なら分かった。今回はやめておくとするよ」

 あはは…と穏やかな会話が終わり、カルピリアさんに美味しかったことを伝えて店を後にする。
 すると、「綾人の兄貴じゃあねえか!」と剛毅な若者の声が聞こえ、二人して振り返る。