試験勉強は任せろ

 クラスメイトの山岸さんに対する、ヤンキー女子の一方的な教科書・ノートのやりとり。私はやっぱり口を開いて抗議したいし、先生に言いつけてやりたい。でも山岸さんが「いいの」って笑うから。ぐっと抑えて、「いいのかー!?」と胸の中で叫ぶ。それを繰り返す日々。
 だが、試験勉強・強化週間の真っただ中、ウチらで勉強やるからって、山岸さんの要点をまとめたノートを取っていったのを見て、すぐ山岸さんを見つめた。出陣の許可を、と言わんばかりに。山岸さんが肩を落として、「結城さん、いいの」と首を振った。今回は、うまく笑えていないのが目に見えて分かる。今までの笑みは我慢して頑張って笑えていたのに、今の山岸さんは我慢が抑えられなくなって、泣きそうだ。

「山岸さん、これから私のところで勉強会しない?」
「……え?」
「っていうか1週間、勉強会しない!?」
「ええっ!?」

**

 山岸さんを押しに押し、この1週間、放課後は我が寮で勉強することに。
 山岸さんの家も巌戸台駅が最寄りだから、少し遅くなっても大丈夫とのこと。親御さんに連絡しなくても…と言いかけたが、高校生だしそういう年じゃないよな、と自己解決。

「家から通える距離に学校があるのっていいねえ」
「そうなの。でも、寮暮らし、憧れるなあ…」
「親元から離れたい時はオススメしますよ。なんなら泊まりに来てもらっても」
「ありがとう、結城さん」

 笑い合いながら駅から寮までの道を一緒に歩いていると、分寮が見えてきた。

「巌戸台分寮って本当に…厳かで、特別な感じがする建物だよね」

 寮を眺めながら感嘆の息をはく山岸さんに、私もうんうんと首を振る。

「実際住んでてなんだけど、分かる!私もはじめて分寮に来た時、凄い!ってテンション上がったもん」
「…私なんかが、入っちゃっていいのかな…?」
「どうして?全然大丈夫だよ!」

 課外活動部のことは内密にしなきゃだけど、友達を連れてくるくらいいいよね。
 玄関を開くも、入ることに戸惑う山岸さんを手招きする。おずおずと足を進めた山岸さんだが、早速歩みを止めてしまった。
 それもそのはず、生徒会長の桐条先輩がこちらに視線を向けている!ラウンジのソファにて優雅に小説を読んでいらっしゃった。

「結城、その子は?」
「同じクラスの友達です!えっと放課後、一週間、私の部屋で試験対策をしたいなと」

まさか断られないよな…、と内心ヒヤヒヤしながら(無計画すぎて山岸さんに申し訳ない…)先輩の返事を待つと、意外にもすぐ「ブリリアント!」という返事が返ってきた。固まる私達。先輩らしからぬ発言が聞こえたような気がする。

「いいじゃないか、勉強に励むといい。君も、暗くならない内に帰るようにな」

 優しい笑みを向けられ、二人して笑顔で顔を見合わせた。「ありがとうございます」と先輩に頭を下げる。ラウンジを抜け、階段をあがって自室へ…、ちょっと待ってもらってから入ってもらった。(片付いてない部屋にちらばったあれこれ、薙刀の入ったケースを収納スペースに押し込んだ)

「あの、おじゃまします」
「どうぞどうぞ」

 初めて寮の自室に友達を招いた嬉しさも込み上げてくる。絨毯に座るよう促し、小さな丸机に早速教科書やノートを広げる。

「なんの教科からやる?あっそうだお茶も用意しなきゃね」
「結城さん、ありがとう」
「いいのいいの。私も苦手な教科教えてもらおうと思ってるもん」

 そわそわと立ち上がって小さな冷蔵庫を探り、取り出した麦茶をコップに注ぐ。
 振り返ると、山岸さんが目を擦っていた。お茶を取り落としそうになりながらも、なんとかテーブルにお茶を置く。山岸さんは涙を流している。彼女の側にそっと寄る。

「ありがとう」
「…そんなの、お互い様だよ」

 そのへんにあったティッシュをなんとなしに机に載せて、鼻をすする音がなくなるまで、黙っていた。山岸さんに初めて、手を差し伸べられたような気がする。今までは教科書をとられては机を寄せて一緒に見たり、彼女らの後をついていく山岸さんを見送ることしか出来なかったから。

 それから、「ごめんね、勉強しよっか」と苦笑いする山岸さんの静かな声を合図に試験勉強を開始した。対策として、問題がぎっしり並んだプリントを各教科の担任に渡されていた。まずは二人でそれを解いていく。難しい問題にあたれば、考えに考えた末に身を乗り出して山岸さんに質問してみる。解答はセットで用意してあるが、自分たちで答えを導き出したい。

「そこの問題…私も難しくて飛ばしてたの。一緒に考えてみよっか」

教科書、ノートをめくって、この公式を応用するのかな、と謎解きをし合う。これでどうだ、とひとまず答えを出せた頃に解答用紙をめくってみる。導き出した数と同じ数字が載っていた。

「正解できた…!ありがとう、山岸さん~」
「ううん、結城さんのおかげだよ。…対策プリントって、解き方までは載ってないから答えを出すの、大変だよね」
「だよねえ…。でも山岸さんがいれば心強いよ」

 この調子で全教科復習できれば、一緒に良い点だせそうだなあ、なんて浮かれた気持ちになっていると、突如、部屋の扉が開く音が背後から聞こえた。奴だ!と振り返る。理はとりあえずドアノブを捻る奴である。

「きゃ…」
「理、突然開けるのやめてくんない!?ごめんね山岸さん驚かせて…」

 口を手で押さえて驚く山岸さんに謝る私。当の本人は(心なしか)むっとした顔をしている。

「不用心な方が悪い」

 そういえば。山岸さんを招いたのに舞い上がって、鍵をかけるのを忘れていた。

「言いがかりすぎる…。あ、えっと、山岸さん」
「たしか…一緒に転入した、弟さん?」
「うん、そうそう」

 立ち上がった山岸さんが「同じクラスの山岸っていいます」と丁寧に頭を下げる。理もぺこりと軽くお辞儀。当たり前のように私が紹介する感じだ。項垂れながら理の方に手を向ける。

「……弟の理です」

 頷く理。その様子を見て、山岸さんが座り直しながら、ふふ、と笑みをもらした。

「笑われてしまった…」
「あっ、ごめんなさい。…なんだか仲いいんだなって思って」

 邪気を全く感じない。皮肉ではない、優しい笑みだった。ふわりと微笑む山岸さんにつられて私もにっこり。
 理は私たちの和やかな様子に、居心地が悪そうに視線を下に向けている。ノートとシャーペンを手にしているのにも気付いた。

「ああ、理、何の用だったの」
「現代文の試験範囲を聞きに来た」
「え、聞いてなかったの?」
「寝てた」
「……うーん、まあそういう時もあるか。よしよし、教えてあげよう」

 部活やタルタロス探索の疲れが出ていたのかもしれない。そう思うと、居眠りを咎められない。
 そういえば、現代文の先生って、理のクラス担任じゃなかったっけ。あの先生の授業、結構ゆるいから昼寝をしても何も言われないのかもしれない。理、まさか寝れそうな授業を狙っている…?脳裏でよく分からない分析をしながら、現代文のノートを鞄から探る。
 教科ごとに色違いのノートにしている。現代文は黄色のノート。鞄から取り出して、ぺらぺらとめくる。マーカーで丸をつけたところを発見し、テスト範囲を読み上げた。

「えーと、教科書の5ページ目から…」

 鳥海先生が気怠そうに試験範囲を黒板に書いていたのを思い返しながら、範囲のページと「ここ、試験に出るからねー」と言っていたポイントを授けておく。

「…ありがとう」
「どういたしまして」

 これまで成績はまあまあ良い方だった理。そして私も、理と一緒に勉強して好成績を収めていた。
 でも、さすがに中学・高校と理に頼るのはよくないと、これからは自分で勉強するつもりだったが、理が必ず居間で勉強するのと、「ナマエ、これ分かる?」と聞いてくる問題が私も答えられない難問ばかりで、あーもー!と私も教科書ノートを携え、一緒にべったり、居間で勉強することになった。
 だって、分かんないと答えようものなら、「……そう」とため息をつかれ、頼りにならないなコイツ、という雰囲気を出されてしまう(経験済み)姉の威厳を守るためだったのだ。……いやまあ、なんと意志が弱い。

 しかし、今回は山岸さんと私の自室での勉強だし。これからは理のペースに持って行かれることはないだろう。

 部屋に戻ろうとする理。さあ、いったいった、と机に向き直ると、「あぁ」と思い出したように声を上げる理。

「試験範囲で分からない所があったら呼んで、たぶん分かるから」

 そう言い残し、扉を閉めて部屋に戻っていった。

「…弟さんて、頭いいんだね!」
「うう…自分は試験範囲ごと分からなかったくせに…!でも、本当に分かるだろうからむかつく!」
「そうなんだ、凄いねぇ」

 理は最終手段にとっておくことにした。いや、でも絶対頼らない。私たちだけで試験対策を――。

**

 一週間の内、2回、理を頼ってしまった。
 理の部屋をコンコンノックして、「教えて欲しい所があるんだけど」と言って出てきた理の(心なしかの)ドヤ顔たるや。「わぁー!」と叫びたくなる。
 試験まであと1日。復習も済んで、一緒に買ったお菓子を部屋でつまんでいた。

「物理もだけど、江戸川先生の保健体育…?も難しいし仕方ないよ」
「うう…情けない…。理にはもう頼らないって決めてたのに…」

 肩を落としていると、今度は私に寄り添ってくれる風花ちゃん。
 試験勉強期間中に風花ちゃんって呼んでいい?とやっと言い出せた。嬉しそうに「うん!」と頷いてくれた思い出、宝物のように仕舞っておきたい。

「ナマエちゃん、結城君を素直に頼ってもいいと思うよ。……何だか意固地になってるように見えて、心配」
「でも、理にとってみたら全然頼りなくって、姉らしくないって感じじゃない?」

 風花ちゃんは、「そうかな…」と呟いた後、黙り込んで真剣に悩み始めてしまった。はらはらと答えの行く末を見守っていると、その内、彼女と視線が合わさる。

「頼りなくてもいいんじゃないかな」

 ガーン。はたから見てもそんな感じなのか…!固まる私に「ナマエちゃんが頼りないって言ってるわけじゃないの」と慌てて弁解させてしまう始末。

「あのね、うまく言えないけど、無理にお姉さんらしくしようとしなくてもいいと思ったの。二人とも仲がいいし、羨ましいくらい。……それに、ナマエちゃんが結城君の助けになったことだって、絶対あるよ」

 最後に、「私を気に掛けてくれたみたいに」と呟いて、風花ちゃんはしっかりと頷く。だが、少しして、「…ごめんね、私、なんだか偉そうだったかも…」と俯いてしまった。「そんなことないよ!ありがとう風花ちゃん!」と私は慌てて横に首を振るのみ。

 風花ちゃんに言われたことを反芻して、「姉らしく」に固執していたことを自覚する。今時「〇〇らしく」なんて、時代遅れもいいところである。だから頼りない姉でもOK。…そう、それでいいのである。
 それよりも今度は、仲がいいと言われて、体が縮こまる感覚に陥る。

「仲、いいかな…」
「うん、とても」
「……理との距離感、変じゃないかな。…なんか、べったりしてない?私…」
「えっ?どうして?全然変じゃないよ」

 思ったまま不安を吐き出してしまう私に、首を傾げる風花ちゃん。

「一緒に登校してるのは見かけたことあるけど、それ以外は結城君と一緒にいないでしょう。べったりしてはいないと思うよ」

 風花ちゃんの客観的な意見に、じゃあ、と言葉が浮かんだ。じゃあ、私達、普通の姉弟になれているのかな。
 いや、今までが普通じゃなかったって訳ではないけど、『べったりくっついてばかりじゃいけない。私たちは距離を置いた方が良い。理は私から独り立ちして、私だって理から離れないと』って、それがお互いのためだと思っていた。

 でも、いつの間にか、ほどほどの距離でどこにでもいるような姉弟になれていたのかも…。
 …そりゃ、たまに一緒にお弁当を作って、一緒に登校はしてるけど。私達、部活の朝練に行くようになったり、帰りは別々で帰ってるし。

 理も高校生活を楽しんでいる。他の人とのかかわりを持ちつつある。私が理を意識しすぎていただけかもしれない。
 かたくなだった思考の靄が晴れたような心地になる。息をついて、風花ちゃんにお礼を言った。

「ごめんね、突然変なこと言って。話を聞いてくれてありがとう」
「全然変じゃないよ。それこそ、お互い様だよ」
「風花ちゃん…」

 再度「ありがとね」と伝えて、助け合うっていいね、と思った今日のこの頃である。