夜中に目が覚めるようになった。これって大人になった証だろうか。あの頃の私は背伸びをしたがっていた。一人で寝るようになって寂しくて上手く寝付けないことをそういう風に捉える程には生意気だった。
親に泣きつこうにも、小さなプライドがそれを許さない。真夏の夜、網戸を開けただけの子供部屋。汗が肌にはりついて、さらに眠れなくて、気だるかった。ぼんやりと網戸の向こうの草むらを寝そべりながら見つめた。
薄明るい光がひとつ、ゆらゆら漂っている。蛍だろうか。起き上がって、その光を食い入るように見つめた。
「迎えにきたよ、こんばんは」
帽子を被った少年が立っていた。驚いて仰け反る私なんて構わずに、網戸を開けて土足でこちらまで足を踏み入れる。
知らない子だった。だけど同じ子供だからか、警戒心を持つことはなかった。彼を座り込んだまま見上げた。きれいな子だ。保安灯のついた部屋でうっすらと浮 かび上がる彼を見て、そう思った。普通ではない凝った衣装に、髪に、何もかも悟っているような瞳。ひょうひょうとした笑みを浮かべながら私を見つめる。息 を呑む私に、少年は手を差し出す。
「眠れないんでしょ?俺とあそぼ」
少年に言われるまま、遠慮がちに手を取ろうとした。彼はそれを見て、にぃっと笑みを深めると強引に私の手をとった。
駆け出す少年、手に引っ張られながら庭に飛び出した。裸足のままだというのに、痛みはなかったように思える。玄関にまわった私達は田舎道へと走り出す。「どこへいくの」と好奇心と、少しの恐怖を浮かべながら彼に向かって声をあげた。
「すぐに分かるよ」
こちらを振り返りながらもしっかりとした足取りで走る少年。満天の星が私達をかすかに照らす。田畑の間を駆け抜けて、土手へ差し掛かる。ずるり、と体が浮 く。悲鳴をあげる間もなかった。川べりへ階段を使わずに駆け下りていた。少年に受け止められるようにやわらかな地面に着地した。
「へへ、びっくりした?」
体を触れられ、どきどきと胸を高鳴らせながら、おずおずと驚いたことを伝える。そんな私の反応に満足したように穏やかな笑みを浮かべた少年は、前を向いた。
「…ね、見て」
さらに驚くことになる。生い茂った川辺の草原には、数え切れないほどの蛍達が舞い踊っていた。やはり、絶句している私なんて構わずに少年は自由気ままに私のパジャマの裾を引いた。
「じゃあ何して遊ぶ?草舟作る?それとも花でも摘む?女の子はそういうのが好きなんでしょ?」
目の前の絶景に思考回路がついていけない。あ、だの、う、だの言葉がつっかえて上手く喋れない私に、困ったように、ぼんやりと黄色く浮かび上がる少年は眉毛をくの字にさせた。
「じゃあ俺が決めるね。…花、摘もっか」
私の手を引いて少年はしゃがみこんだ。見ると、昼間は一面緑に溢れて、花なんて咲いていない草原に白、紫、青の花々が咲き誇っていた。
傍にあった青い花に顔を寄せた。二つの青い花弁からは小さなパンジーのような淡い色の花を咲かせている。くるんと伸びたものは雄しべだろうか。全体を見るに、まるで花自体が蝶であるかのように見える。
「これ、なんてお花なの?かわいい…」
「それはツユクサだよ」
私が感激しながら「ツユクサっていうんだあ」と声をあげた。それを見た少年は、得意げに鼻をならした。
「ブーケ、作りたい。お母さんに見せたい!」
「…花束?いいよ、俺も集めてあげる」
いつもどこにでも咲いているシロツメクサを摘むのとは訳が違う。幼いながらにそういう恐ろしさをどこかで感じていた。隣の少年が一輪一輪、大切そうに摘ん でいるのを見た後に、躊躇しながら私は花を折った。大事にしよう、そう思いながら小さな手のひらに摘んだ花を集めていく。握りこぶしで抱えられないくらい 花がいっぱいになった頃、束ねた茎の部分を、もう一本のツユクサを使ってリボン結びで飾り付けて、完成。
「みて、出来たよ!」
嬉しさと、きれいにできた達成感でおもわず隣の少年の方に振り返って、花束を見せびらかす。私の声に振り返った少年は花束を見て「へえ、綺麗じゃん」と目 元を緩めてくれた。「えへへ」とにこにこ笑っていると、少年が体をこちらへ向けた。手にはツユクサの花冠。私はわああ、と声をあげた。
「かわいい!」
「欲しい?」
「くれるの?!うん、欲しいっ!」
「じゃあその花束と交換してよ」
少年の条件提示に「う」と言葉を洩らして、握られた花束を見つめる。この花束をお母さんに見せると決めていたが、かわいい花冠もほしい。ぐらぐらと心揺れる幼い私に、とどめといわんばかりに少年は言葉を続けた。
「お母さんには俺の花冠見せてあげたらいいじゃん。…俺、 ナマエのつくった物が欲しいんだ」
「わたしの…?」
「うん、 ナマエの花束が欲しいんだ」
「…じゃあ、交換する」
花束を差し出すと、「ありがと」と笑顔で少年は花束を受け取ってくれた。花束を脇にかかえると、少年は「じゃ、あげまーす」と私の頭に花冠をのせてくれた。
「うん、かわいい」
「か、かわいい…?」
「そ、 ナマエ、かわいい」
「ありがとう…!」
同じクラスの男の子にも言われた事のないきざなセリフをさらりと言ってのけられた。どきどきしながら礼を言うと、少年は満足そうに頷いた。「花束、大事にするね」
「私も!かんむり、大事にする!…あっ!ねえ!キミ、名前なんていうの?」
「俺の名前?…うん、俺はね」
少年が悪戯っぽく笑っていた。視界は段々と暗くなっていく。少年は口を動かしているのに、言葉が聞き取れない。気がつくと、明るい自室の電灯を見つめていた。
戸惑った後、じゃああれは夢だったのかな、と首を傾げる。起き上がって、きれいな夢だったのになあ、残念だなあと思っていたが、布団の傍を見て表情を再び輝かせた。
少年のくれた花冠が置いてあった。
タイトルは「刀さに版深夜の文字書き60分一本勝負」さんからお借りしました。