ヒューゴ邸での夕食、朝食はともにあたたかなものだった。豪邸の食事だから、さぞお高そうなもの……専属シェフが作った、盛り付けが芸術的な食事と定義しておく。そんな料理が来るのではと身構えていたが、決してそんな事はなかった。夕食は編みかごにたくさん入った白いパン、野菜やお肉がごろごろ入ったビーフシチューに、色鮮やかなサラダ、シンプルな味つけのトマトスープに、デザートのプリン。レストランのコースのように量は多いものの、食べやすく、家庭的な味付けがされているのが印象に残った。
リオン君と一緒に食事をとっていたが、私が料理を口に運ぶ度に美味しい!美味しい!を連呼しているものだから、「黙って食べろ!」と言われてしまった。リオン君は黙々と食事を摂っていたが、デザートを食べている時の目の輝き、頬の赤みは見逃さなかった。すかさず「美味しいねぇ」と喋りかけたら、慌てていつものクールな表情を取り繕って「まあな」とだけ言う。『坊ちゃん、バレてますよ』とシャルティエさんがつっこんだが、「何がだ」としらばっくれる二人の漫才のようなやりとりも見る事が出来た。ご馳走様です。
次の日の朝食は、引き続き焼きたてのパンとケチャップが添えられたオムレツ、盛り合わせのサラダ、ビシソワーズのスープ、野菜のバターソテー、ジャムのかかったヨーグルト。なんと充実した食事だろうか。
「いつもこんな美味しい料理食べてるんだね、羨ましい〜」と、昨日と変わらず一緒にご飯を食べる向かいの彼に言ってみせた。リオン君は「美味いのは当たり前だ、それに帰るまではお前もここで食事をとるんだろ」とさも当然のように言われた。私にとって嬉しい言葉をもらった。だから、すぐに伝えてしまう。
「ありがとうね。リオン君に見つけてもらって本当に良かった」
リオン君は私の言葉を聞かなかったかのように無言のまま食事を進めた。リオン君の腰に提げられたシャルティエさんが『坊ちゃんたらせめて返事くらいしないと!』とお母さんのように指摘するも、それもスルー。照れ隠しだと思う事にする。
そういえば、気になっていたが、リオン君の側で控えるマリアンさんがとてもニコニコしている。食事の際は何かおかわりする時や食事を終えた皿を片付ける為なのか、ずっと立っているのだが、それを見るとメイドさんって大変だよなあ…と勝手に案じてしまう。……話を戻して、マリアンさんは決まって、私達が会話する際に微笑ましそうに目を細めてにこにこしている。でも会話には入らないものだから、どうしたものかと昨夜はあえて触れなかった。仕事中に声をかけていいのか迷う。だけども朝陽の輝きをバックに加えた素敵な笑顔を見てしまったらさすがに話しかけずにはいられなかった。
「マリアンさん、凄いにこにこされてますね。どうかしました?」
自分の背後に立っていたからマリアンさんの表情を伺い知ることがなかったリオン君。彼も振り返って彼女を見つめる。マリアンさんは私達に見つめられて、恥ずかしそうに顔を赤くさせた。
「気付かれておられたのですね…!」
そりゃあもう、と深く頷くと、「ご無礼をお許しください」と頭を下げて謝られてしまった。
「何も無礼な事なんてしてないですよ!私がマリアンさんとお話ししたいなって話しかけたんです。こちらこそお仕事中なのに、すみません」
「マリアンは悪くないよ、悪いのは無遠慮に話しかけたこいつだ」
「酷い言われよう!ごめんってばー」
マリアンさん相手だったら口調の優しさも違うなあと感心しながらも、軽く謝っておく。リオン君の相手をしていたら、いつの間にかマリアンさんは頭をあげていた。彼女はリオン君を諭すような言葉を口にした。
「リオン様、お友達を責めてはいけませんよ」
少しの間が生じる。
「こいつが…友達だって?」
マリアンさんは今までの様子から私達が「友達」だと確信したようだ。実際どうなのかは分からないが、私もノリでマリアンさんの言葉に乗っかることにした。
「そうだよリオン君、私達友達だよね」
「そんなものになった覚えはな……」
マリアンさんが悲しげな顔で私達を見守っている。それを見て、黙り込むリオン君。マリアンさんに弱すぎではなかろうか。心配になってきた。
だが、余程「友達」だと言いたくないのか、だんまりを貫くので、私が助け舟を出す事にした。
「リオン君って相談にも乗ってくれるし、何だかんだで優しいし、私は友達だと思ってるんです」
「そうなのですね…!これからもリオン様をよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げられた。「マリアン」と焦った声のリオン君を今度はこちらがスルーして、私は胸をたたく真似をした。
「えぇ、任せてください!大体、彼に助けてもらってるんですけどね!今日もご飯を食べ終わったら、外の方に用事があるので同行をお願いしたんですよ。そしたら快く引き受けてもらって」
「そうでしたか!でしたらお出かけ先にお昼ご飯を持っていかれませんか?」
「本当ですか?わあ、どうする?リオン君」
「…好きにしろ」
げっそりした「好きにしろ」を頂いた。シャルティエさんが『いいじゃないですか、坊ちゃん!彼女と友達みたいなもんじゃないですか〜』と嬉しそうに喋っている。
「じゃあお願いしてもいいですか?私もランチ作り、お手伝いします!」
「そんな、お客様にお手伝い頂くなんて…」
「大丈夫です!それにマリアンさんとも仲良くなりたいなあって思ってて」
「まあ!…それなら、一緒に手伝って頂けますか?」
「喜んで!」
女二人、意気投合して喋っている間に、リオン君は朝ご飯を食べ終わり、そっと自室へ戻ろうとしている。心中はお察しするが、声をかけておく。
「リオン君、ごめん、ランチが出来上がったら呼ぶから待っててね」
「…あぁ」
背中に向けて呼びかけたが、彼は振り返らずに二階へと登っていった。
***
サンドウィッチを作りましょうか、とキッチンに招かれた。ふりふりのエプロンを取り出してもらい、マリアンさんに紐を後ろでリボン結びしてもらった。気持ちも引き締まる。キッチンを見回すと、香辛料など綺麗に整頓されているし、無駄に出しっぱなしのフライパン、鍋がなく、嘆息をつくほかない。輝いて見える大理石のキッチンテーブルに材料をならべていく。次に具材を切り分けようとまな板、包丁を取り出すマリアンさんを眺める。
「先程の答えなのだけど」
「はい?」
お屋敷のキッチンだと、まな板や包丁も一つじゃ足らないのだろう。用意してあった木のまな板、包丁を二組並べた所でマリアンさんが口を開いた。
「お二人の様子を見ていたら、リオン様にお友達が出来たんだって嬉しくって嬉しくって…それで思わず笑っていたみたい。ごめんなさいね」
仲良くなりたいと言った私を気遣うように、気軽な口調で話してくれる。私も思わず微笑んでしまうくらい、彼女の笑顔は眩しい。
まな板の上で食パンは耳を断ち、レタスやハム、トマトにチーズを食べやすいように切り分ける。
「それは良かった。マリアンさんて、本当にリオン君を気にかけていて、お姉さんみたいですね」
「えぇ、そうね、彼が小さい頃からお世話をさせて頂いているの。だから…弟、ううん、自分の子供のように思っているのかもしれない」
「マリアンさんの、子供ですか…!?」
見るからにまだ若いのに、リオン君を自分の子供のように思うとは。驚く私を見て、マリアンさんは目を細めた。
「幼かったリオン様が、今では客員剣士として人の上に立つようになった。そういう成長を兄弟のように隣に立ってというより、後ろから見守っていたからだと思うわ」
メイドという立場上、影ながら彼を支えていたのが伺える。だからリオン君はあんなにマリアンさんに懐いているんだ。それに、マリアンさんの微笑みには、全てを包み込むような優しさが感じられる。納得である。
食材を切り分けた後は、食パンの上に好きなように具材をトッピングし、さらにパンを重ねる。
「そうかあ…。二人の仲には敵わないと思いますが、リオン君と仲良く出来たらなと思ってます。ご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いいたします…!」
「あら、そんな。リオン様と年の近い貴方はもっと仲良くなれるわよ。えぇ、きっと」
「そうですかね」
私にマリアンさんのように気さくに接するリオン君を想像する。…想像上でしかまるで想像出来ない。でも、接していけばそうなる日が来るかもなあと、少しだけ期待しておくに留まる。
合わせて四個サンドしたパンを全て半分に切って、完成!敷物と紅茶を入れた水筒、コップ、食事後に口を拭うナフキンも包んでもらい、大きな木編みのバスケットに全て納めた。
「すごい!ピクニックみたいですね!ありがとうございます、リオン君呼んできますね!」
「えぇ」
バスケットを手に、キッチンを出て彼の部屋へ向かう。階段を登って扉をノックすると、むすっとした顔で出てきた彼に笑いかける。
「お待たせ、いこっか。マリアンさんお手製のサンドウィッチで元気出して」
私を追い越し、先に階段を降りる彼についていく。
「いってらっしゃい、二人とも」
先に玄関に控えていたマリアンさんに「いってくる」と「いってきます」を返し、外に出た。上を見あげると青空が広がっていた。清々しさに目を細めていると、リオン君が既に歩き出していた。海へ連れて行ってくれるのだろう。少し後ろの位置からついていく。正直気分が浮ついていた。冒険をするような心持ち。絶対手がかりを見つけて、早く帰るための一歩にするんだ。意気込みながらも、リオン君に話しかけてみる。
「今日もいい天気だね」
『そうだね~、絶好の散策日和だね』
しばらくしてシャルティエさんが返事をしてくれた。空気も新鮮だし御伽噺のような町並みも物珍しいが温かみを感じる。思い返せば、あの時は見知らぬ風景に恐怖しか感じられなかった。
でも、今はもう一人じゃない。話しかけたり、景色を楽しむ余裕さえある。そこにも彼らに感謝をしたい。
「明日の町案内も楽しみだなあ」
町を出て、見覚えのある道を進んでいく。そこにはやはり、モンスターもいる。青くて丸いモンスターから離れた所で立ち止まったリオン君は、こちらを振り返る。
「えーと、…戦う感じ?」
「あぁ。これをやる」
鞘に入れられた短剣を渡された。曰く、リオン君のお古のようだ。刃物か…と躊躇するも、やらなければやられるし、ひのきの棒より有用だ。是非とも使わせてもらおう。
「バスケットは預かってやるから存分に戦うといい」
『頑張って!』
「はい!」
リオン君にバスケットを渡すと鞘から短剣を引き抜く。青いモンスターが危機を察知したのか、表情を引き締めた…ような気がする。少し離れた所のリオン君が短剣を構える姿勢に言及してくれた。構えを直す間も跳ね続けるモンスターに愛おしさを感じてしまう。いやいや、相手はモンスターだし…。感情移入しつつある自分を戒めようと慌てて首を振る。リオン君は何やってんだという顔をしている。構えが彼の許容するレベルになったのか、「やれ」と悪者のようなセリフを放たれてしまった。戸惑いながらも、勢いよくモンスターに斬りつける。モンスターは呆気なく吹っ飛ぶと、小さな欠片に姿を変え、地面に落ちた。やはり刃物は強い…!今まで棒で戦っていた分、感動すらする威力。
リオン君が欠片を拾い上げる。短剣を鞘にしまい、彼に駆け寄ると、白い指につままれた欠片がよく見えた。キラキラしていて綺麗。まじまじ眺めていると、「覚えておけ」と前置きされる。
「これはレンズだ。換金できる」
『…坊ちゃん、説明が雑ですよ!』
「その内自分で歴史を学ぶなら今言う必要もないだろ」
「分かりやすいから大丈夫だよ。へー…そんなに価値があるんだね」
「エネルギー源として使えるからな」
歩きながら、レンズの用途を説明してくれた。例えば、生活必需品の冷蔵庫や、掃除機などはレンズ加工技術を使用した製品のようだ。貴重品であるソーサラーリングもその一種で、レンズを消費し、一瞬で火を起こせるらしい。ちなみに、何故魔物からレンズが出てきたのかと質問すると面倒そうに「レンズは元は彗星で、この地に衝突した際に地表に散らばった。生き物がレンズを取り込むと凶暴化する」とわかりやすい説明を頂いた。
「ちなみに、オベロン社はレンズ製品を取り扱った会社だ」
「そうなんだ。凄いね…!」
大企業であることは分かっていたが、まさか生活の根本を支える会社だったとは…。そんな場所で働くことが出来るのは光栄である。
『結局説明しちゃって、優しい坊ちゃん!』
「うるさい」
「あっ、海岸が見えてきたよ」
太陽に照らされ、黄金色に輝く海が見える。モンスターが辺りにいないのを確認したら、すぐに駆け出していた。雑草の生えた地面が小粒の砂地に変わっていく。浜風を胸いっぱい吸い、砂浜に足をつけると俄然やる気が湧いてきた。後から歩いてきたリオン君が私の隣に立ち、苦言を呈す。
「はしゃぎすぎだ。これで帰る手がかりが無かったら悲惨だぞ」
「リオン君、ごめん先に行っちゃって。さすがに何か一つは手がかりがあると思うけどな。よーし、頑張って探そ!」
リオン君は深く息を吐いて、拳を上げる私を冷ややかな目で見やる。
「僕は北の方を見て回る。お前が寝ていたのはこの辺りだ。周辺でも探索したらどうだ」
「うん、そうするよ。ありがとう」
何か言おうとしたのか口を開きかけて閉じた。そのままリオン君は顔を背けて、北の方へ歩いていった。そちらが北なのかまったく分からないが、多分北なのだろう。……世界地図を見て勉強しよう。
リオン君の後ろ姿を見送った後、早速周辺を探索することにした。近くにしゃがんで砂をかき分けてみたり、横になって目をつぶってみたりした。一通りし終わった後でいやな予感に襲われた。予感を打ち消そうと「いや、大丈夫大丈夫、なんとかなる。大丈夫」と焦りながらの独り言で自分を鼓舞するも、時間が経つにつれ、家を出た当初の自分に謝りたくなった。ごめん、私。