「本当に畑仕事したら、愛してくれるんだよね?」
「はいはい、あいすあいす」
「適当に言ってんじゃないよね?ちょっと、主…」
「分かった。前貸ししておこうじゃないか」
怪訝な顔で正座する加州に、頭を下げるよう促すと、寝転がりながら加州の頭をわしゃわしゃと撫でた。
やっておいてなんだが、「セットが崩れる!」って怒られるかな、と想像したが、心配は杞憂だったようだ。
「~~ッ!俺、畑行ってくるね!!帰ってきたらもっと撫でてね!可愛がってね!!」
「はい」
色の白い肌をぼっと紅潮。目を潤ませた後はそっと睫毛を伏せ、はにかんだ後、加州は手で顔を覆って猛スピードで畑へ駆けていった。恋する乙女も真っ青の乙女っぷりである。
私はそれに手を振った後、とりあえず食べかけの抹茶アイスに手をつけることにした。
カタログショッピングのように、アイスのような嗜好品や電化製品にいたるまで定期的に注文できる。ワープやタイムトラベルが出来るようになった現代では、こんな辺鄙な所に本拠地を構える審神者にも必要なものが与えられる。
私達は使えなくなったら補充される消耗品みたいなものだけど、人権はある。ノーモア社畜。娯楽があればこその審神者業だ。
「刀剣達を働かせて、ごろ寝して食べるアイスは美味しい」
そう思うも、まさに駄目人間みたいなセリフを吐きながら、もう一口、とアイスを口に運ぶ。その瞬間、乾いた音と共に頭に衝撃走る。「もう!?主!」と上から影がかかった。世話焼きの近侍が私を咎めに来たようだ。
「鯰尾君、今ハリセンで叩かないで。アイスふきだしちゃうから」
「これぐらいしないと主は分かんないじゃないですか」
「お母さん」
「お母さん違いますって。一応女の人なんですから、ゆっくりするなら、もう少しちゃんとした姿でお願いしますよ。新しく来る刀剣に示しがつきません」
「がさつでごめんね。鍛刀終わったの?」
「えぇ」
頭を押さえながら起き上がった。鯰尾は襖の方に目を向け、腰に両手をあてながらも、利き手にハリセンを持っている。よくある、主人公を起こしに来た幼馴染のポーズである。
襖はきっちり閉じられており、主の失態は多分、新しい刀剣男士には見られていないはず。仕方なく初回だけは格好をつけようと、傍にあった机にアイスを置くと、咳払いした後「入って」と向こうに声をかける。ずずず…とゆっくり襖を開いていく。見ていて気が重くなる開け方だ。隙間から現れたのは、ぼろ布を被った金髪青年。どう見ても物憂げな表情で私を見ている。しばらくガン見し合うも、無言。
「えーっと…」
「俺はっ」
「うん?」
「俺は…偽者なんかじゃない…」
静まり返る執務室。鍛刀して顔を合わせると大体の刀剣は自己紹介してくれるが、このパターンは初めてかもしれない。なんだかいろいろと背負っていそうな子がきた。「偽物じゃないとはどういうことでしょうか?」と聞いていいのか躊躇していると、鯰尾がこそっと耳打ちしてくれた。彼はおそらくとある刀の「写し」、いわゆる「模倣刀」らしい。そうか…模倣刀が人として具現化すりゃ、思う所はあるだろうなあ。もし、私の本物がいて、私は本物を模倣して作られたなら、発狂ものである。想像して身震いした所で、俯いた青年に、ひとまず私からご挨拶。
「私はこの本丸の審神者です。君の名前はなんていうの?」
「……山姥切国広…。どうせお前も、俺を偽物と…」
彼は刀時代から偽物と言われてきたのだろうか。いや、こんな想像をしても意味がない。彼は彼である。
「うーん、刀についてよく知らないから何とも言えないや。こっちの子は鯰尾藤四郎…ってもう聞いてるかな。よろしくね山姥切君」
右手を差し出す。シェイクハンズ。ぼろっとした布、さらには長い髪の切れ目からこちらに視線を向けている山姥切君。よく見ると瞳が揺れている。
「だが、こんな俺で…」
「はい、握手!」
右手をずいずいと彼の前へ差し出していく。口を開けばネガティブ発言が続きそうだったので、何も言わせないことにする。採用確定の圧迫面接である。
「ここに来た時点で君は仲間だよ。…あ、ヤバい、恥ずかしい。ちょっと照れ臭いこと言っちゃったな引いてない?」
「分かった。お前たちの力になれるか分からないが、……よろしく頼む」
「スルーしてくれてありがとう!よろしく!」
おずおずと差し出された彼の手のひらを強引に掴むと、力強く握った。それを上下に何回も揺らす。私の顔、凄いにっこりしているだろうな。
「困ったことがあればいつでも相談してね。弱音、愚痴も出来るだけ聞くよ」
「あ、あぁ…」
山姥切君の返事を聞くやいなや、私の斜め後ろに控えていた鯰尾がふき出した。そして、爆笑しだした。鯰尾の豹変に目を丸くする山姥切君。私はこの野郎、と振り返って鯰尾を睨み付ける。これは絶対に、私の恥ずかし発言を笑うやつだ。
「なんなのさ」
涙目の鯰尾は一通り笑い終わると、表情を正した。いや、表情を正す意味がないと思うけども。
「…すみません、主らしくない良いこと言ってすぐ恥ずかしがってるの見たら、笑いを堪えるのに必死でした」
「ぐうっ」
あの状況を言葉にされると、思ったよりも衝撃が強かった。ぐうの音しか出ない。「へーへー、そうですか…。どうせ私は駄目な審神者ですよーだ」と言い訳のように、こぼすほかない。えー!と非難の声があがった。
「意外にちゃんとした対応してたってさり気なく褒めてたのに」
さっきの言葉にそういうフォローの意味合いがあったのだろうか。悪意しか感じなかったぞ。
「まあ、そんなことより」
「そんなことなのね」
「新人さん、これからよろしくね。早速本丸の案内を…ってアイス溶けてますよ、?主」
「うおっ!?」
机を見やると、アイスがほぼ液体に。溶けかけが美味しいというが、これでは…「ほぼ溶け」である。
「仕方ない、飲むか……。あ、山姥切君もアイス食べる?冷たいお菓子なんだけど、イチゴ味のとー、茶色いのとー抹茶のがあるよ」
「は…?」
冷たい液体を飲み干してから、山姥切君にもアイスはいかがか、と提案してみた。ただ、アイスの説明…とりわけ、チョコ味をどう説明すればいいのか分からず、茶色いの呼ばわり。これには山姥切くんもお目目をパチパチ。いや、アイスについての説明から理解するのが難しかったのかもしれない。まあ、案ずるより食べるが易しだろう。
「俺は茶色いのがお勧めかなあ」
そう、鯰尾はチョコ味がお気に入り。何でチョコ味が好きなの?と聞いた時に「馬糞の色に似てるから」と満面の笑顔で答えられたことを思い出す。それ以来、チョコアイスや、果てはチョコを食べようとするたびに馬糞が脳裏にちらつくようになってしまった。チョコに対して何もイメージすることのなかった、無垢な私を返してほしい。
もう、どうせだし、今あるアイス全部パーっと食べてしまうか。決して、説明するのが面倒だから、という訳ではない。
「よおし、山姥切君入隊を祝して3つ食べ比べしちゃお」
「わあ主ったら、太っ腹」
呆然としている山姥切君を尻目に、私達は台所にある冷蔵庫へと駆け出した。
畑では鳴狐と加州清光が鍬を振るっていた。土を耕していけば、後からすぐに芽が生えていく。現代の技術が使われている本丸では、食料難になる心配がない。
「あるじさま~のため~なら~えんや~こら~、ですよ」
鳴狐の頭に乗ったお供の狐は、彼らを労うように軽やかに歌う。
「狐ってば変な歌。…ふふ、帰ったら一時間しっぽりなでなでコース…!えへへ…」
普段は嫌々畑仕事をしているのに、審神者に約束を取り付けているおかげか、加州清光はとろけるような笑顔で鍬を振り下ろしている。
「加州殿が楽しそうでなによりですね、鳴狐!……ああっと!!」
鳴狐が頷いた拍子に、頭から落ちかける狐であった。
アイスを三種それぞれ皿に盛って食べ比べる私たち。最初は鯰尾と一緒に山姥切君の反応を見守っていた。辿々しい手つきでスプーンを持ち、アイスを口の中に入れる。そして、しばし固まった。私たちの間に緊張が走る。もごもごと頬を動かし、ごくりと喉を鳴らした後、山姥切君は「う、うまいな」と目を輝かせた。思わず鯰尾とハイタッチしてしまった。これで私たちも安心してアイスが食べられる。
それにしても、アイスをガラスの器に盛ると、カラフルなチョコスプレー、小豆、コーンフレークやホイップクリームをトッピングしたくなってくる。いつもカップからそのまま食べているからか、そうは思わなかったけれど、新たな発見だ。今度注文してみよう。
山姥切君、鯰尾とアイスを堪能した後、重い腰をあげる。本丸案内を兼ねて、他の刀剣たちを山姥切君に紹介することにした。私を先頭に部屋を出る際「俺なんかにわざわざ…」と言いかけたので、振り返って「新しい仲間なんだから紹介して当たり前!」と声をあげておく。山姥切君は肩を落とし、今度は「すまない」と言うので「謝る必要はない!」を返す。
「…分かった」
「うん、よしよし」
ひとまず、縁側へ向かうことにした。そこなら紹介していない子が全員集まっているだろう。私の読みはドンピシャリで、縁側には取り込んだ洗濯物を畳んでいる堀川、向こうには畑仕事に精を出す加州と鳴狐が見える。
「主さん、新しい仲間ですか?…あっ!」
「兄弟?」
「兄弟!」
堀川は山姥切君の姿を見るやいなや、立ち上がり、側に駆け寄ってきた。独特な呼び方である。
「へえ、兄弟なんだ。知り合いがいて良かったね」
「あぁ」
ここに来て初めてのはにかんだ笑顔、頂きました。私も釣られて目を細めた。鯰尾が山姥切君に自分のとこも兄弟がいっぱいいるんですよ、と話している。
「ちなみに、どっちがお兄ちゃんなの?」
堀川に話しかけると、首を傾げられた。
「うーん、…僕自身の出自に怪しいところがあるので、なんとも言えないです。すみません。でも、兄弟は、『兄弟』なんです」
デリケートな質問をしていたようだ。「そうか」としか返せないのに、申し訳なさを感じる。刀剣についてあまり調べていないのが祟ったか。調べようとすればタブレットやパソコンから調べられる。だが、刀剣について調べることは、彼らの知られたくない中身まで見てしまうことにあたるかな、と躊躇していた。もちろん、わざわざ調べるのがめんどくさいのもある。
雰囲気を気まずくさせてしまったので、遠くにいる加州たちを呼ぶことにした。
「あっ、主!見ないで!」
声に気づいて、鍬を振るっていた加州は鍬を取り落とし、凄い勢いで私に背中を向けた。「なんでー!?」と再度叫ぶ。加州の代わりにお付きの狐が返事をした。
「加州殿ったら、汗と土に塗れているからと主様に見られるのが恥ずかしいそうですー!」
「ちょ、やめて!」
鳴狐は指で狐を作り、腕で顔を隠す加州の肩を、狐の鼻の部分で触れている。早く行こうよ、といった具合か。可愛い?。加州も加州で、土で汚れた手のひらで顔を覆い隠さないあたり、さすがと思った。
「もう、直接連れてくるわ」
これでは収拾がつかないな、と主みずから呼びに行くことに。縁側の下にあったサンダルをひっかけ、畑の方へ駆け出した。
「俺にとっても、兄弟は兄弟だ」
走っていく審神者の後ろ姿を見送る中、山姥切国広は噛み締めるように呟いていた。それに目を瞬かせた後、優しく微笑む堀川国広。
「ありがとう、兄弟」
「当たり前のことだ」と山姥切国広は心の中で応えた。だが、照れているのか、俯いてしまい堀川国広の顔を直視できていない。堀川国広にはそれも分かっている。
「……主の時代でも堀川さんの贋作疑惑が解決してないんでしたっけ」
目を伏せた鯰尾藤四郎の言葉に、堀川国広はいつもの笑みを浮かべながらうなずく。
「うん、そうそう。……やっぱり、主さんは全然知らないみたいだったけど」
「本丸には、俺たちのことを調べる手立てはないのか?」
鯰尾藤四郎は山姥切国広の質問に首を振り審神者に目を向けた。加州清光に「加州は汗かいても土塗れでも可愛いから!!」と何回も力強く伝えているのを見て笑みを漏らす。
「ありますよ。でも、あえて調べてないんだと思います。多分、これからも調べてくれないかも」
「そうだね。主さんなら「めんどくさいから」って言い訳しそうだけど、ああ見えて一応、優しいところもあるからなあ。…一応ね」
笑い合う本丸の刀たちを見比べて、山姥切国広は「そうなのか」と遠くの審神者を見つめた。