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 何か気配を感じることがある。そういう時「何やつ!!」と叫びながら振り返る。気分がノリノリの時に叫んじゃうことが多い。
 だが、「何やつ」などとやらないのが普通らしい。それを知った時のショックたるや。まあ、たしかに誰かいる時にやるとビクッとされるけども。

 この間は加州とおやつを食べていた時にあらぬ気配を感じ「何やつ」をした。
 その際、加州は頬張っていたどら焼きをふきだした。大丈夫か、とティッシュ箱を差し出しながらも、「いいとこのどら焼きだったのに」と当て付けておく。「あっ、主、ごめん…。じゃなくて!急に叫ばないでよ、びっくりしたじゃん…」と弱々しく非難しながら、刀を手にしていたので、即座にこちらが土下座することになった。
 「な、なんで!?怒ってないから顔を上げてよお!」と慌てふためく加州の様子に、恐る恐る顔をあげ、「その刀はなんでしょうか?」となるべく丁寧に聞いてみる。
 なんでも、敵襲かと思っていつでも刀を抜けるような状態にした、とのこと。私が平和ボケしすぎているのか。さすが、数多の戦場を潜り抜けてきた刀ということだろう。てか、本丸にも敵くんの?そう思い浮かべた瞬間、「死」の一文字が頭に浮かんだ。
 それはさておき、最近、妙な気配を感じることが増えていた。審神者になって、まあしばらく。暮らしにも慣れてきたが、本丸には何かしら「いる!!」のかもしれない。
 そう考えたら…ちょっとばかし怖くなってきた。幽霊ってさ、怖いよね。
「え?一緒に寝たい?……さては、主、ホームシックですかあ?」
 鯰尾はどこでそんな言葉を覚えてきたのか。「そんなんじゃないやい!」と返すと「じゃあ何ですか?」と聞かれ、言葉に詰まってしまった。素直になれないお年頃(成人済み)なのだ。そう、成人済みだからこそ、お化けが怖くて…などと言える訳がない。謎のプライドが私を奮い立たせてしまう。
 追求してくる鯰尾から逃げるように、とっちらかっている自室へ駆け込んだ。
 自室といっても、書類まみれのこの部屋は夜寝るだけの場所と化している。ほんのたまに審神者の仕事をしているが、すぐに根負けし、書類をそこら辺に放り投げている。
 大体は、加州と鯰尾が掃除してくれている居間だとか執務室で起きている間の大半を過ごしている。居間にはテレビとゲーム、お菓子の入った棚。執務室にはパソコンと、漫画をぎゅうぎゅうに詰めた本棚を置いている。タブレットもあるし、案外、悠々自適な生活なのだ。
 さて、現実に戻り、これを片付けるのはめんどくさいなあと、部屋を見回しながら机にたどり着く。どうせだし久々に報告書を作ろうかな!そろそろ本気出すか!意気揚々とペンを手に取ろうとするも、ペンが見つからない。早速、出鼻を挫かれた。
 これまたとっちらかった机の上をかきわけペンを探していると、ふと、見慣れない紙が目についた。赤い紐で括って丸められている。手紙だろうか。紐を解いて、中身を読もうとした所、絶句した。
 なんなんだこの文字は……達筆すぎて字が読めない!いや、よく見たら幼児が筆で頑張って書いたような文字だ。どちらにせよ、解読が難しい。加州か鯰尾が差し出し人なんだろうけれど、こんな文字を書く子らだったか?
 早々に仕事のことが頭からぽっかりと抜け、手紙の主を探すことにした。部屋を出て、真っ先に居間に向かう。二人も家事や内番以外は居間や執務室でごろごろしてることが多い。
 居間に顔を出すと、予想通り、机にマニキュアを並べ、ネイルに勤しむ加州と畳の上でごろ寝している鯰尾を見つけた。
「ちょっと、そこの(刀剣)男士ぃ」
 私の方に振り向く二人。手にしていた手紙を広げ、「これ誰が書いたの?」と聞いてみた。
「凄い字ですね?。俺じゃないですけど」
「俺でもないよ」
「えっ」
 じゃあ誰が書いたのこれ。先ほどの幽霊云々もあり、瞬時にヤベー手紙だと判断した私。手紙を持つ手が震え始める。
 ふいに、そばの畳が軋んだ。こちらに近づいてくる足音がするではないか。それに気付いたら、体が張り詰めて動かなくなった。脂汗が額を伝う。足音はもう間近だ。誰だ、誰だ、誰だ。
「ほら、鳴狐!…主様、お初にお目にかかります!」
「ぎゃー!!」
 口を隠すような面をつけた少年と喋る狐が現れた。体の力が抜け、その場に尻餅をつく。一気に二体!?いや、これは少年が使役していると見せかけて、喋る狐が本体の霊!日頃漫画を読みすぎているせいでよく分からない設定が構築されていく。こんな状況でもたくましい想像力である。
「主?どしたの?」
「鳴狐さんがどうかしたんですか?」
 加州は不思議そうに首を傾げている。鯰尾は先ほど名乗ったばかりなのに、彼の名前を知っている。もしかしなくとも、二人はこの子を知っているようだ。私だけ知らないパターン?みんな、どうしちゃったの。
「…はじめまして、よろしく」
「は、はい、よろしくお願いします…?」
 面をつけた少年に挨拶された。霊に挨拶される経験なんてそうそうない。これって、私だけでしょうか。
「あぁ!やっと挨拶が出来た…!偉いですよ!鳴狐!」
「え!?ここに来たの三日くらい前くらいじゃなかったっけ…」
 加州たちが何やらざわついているが、目の前の少年、狐から危機感的な意味で目を離せない。
 その内、少年におずおずと手を差し出されてしまった。尻餅つきっぱなしの私を気遣ってくれているようだ。その好意は…無碍に出来ない…。少し迷った後、彼の手を取ると、するっと立ち上がらせてくれた。まさに男の子という感じである。細身ながら、ちゃんと力があるのね。
 いや、それより、普通に彼の手を握ることができたし、意外にも骨ばった感触もした。「実体だ!」と思ったことを叫ぶと、加州と鯰尾が「は?何言ってんだこいつ?」という目を私に向ける。
「えーと、この子、幽霊でなく、刀剣男士?」
「え?うん、そうだけど…」
 やはり二人に「色々と大丈夫か?」と言われているような顔をされ、勝手に傷つく審神者。
 その内、鯰尾の方が思いついたように顔を輝かせ、手をポンと叩いた。
「なるほど、だから一緒に寝たいって言ってきたんですね!」
「わー!わー!」
 あっバレた。ばっちりバレた。私の尊厳が失われてしまった。いや、でも「一緒に寝たい」っていう時点でアレか、尊厳どころかヤバい主か。あの時はなりふり構っていられなかった。振り返ることの大切さよ。
「は?何それ、主、浮気?」
「加州、落ち着け」
 そして、加州があらぬ誤解をしているようだ。どう弁解すればいいのか分からない。考えることをやめたくなるが、「落ち着け」を唱えるしかない。
「主が一番落ち着くべきじゃないんですか?」
 彼奴のにっこり笑顔が憎々しい。チクショウ、からかわれてやがる。だが、その通りだ。殺気立つ加州をいさめ、深呼吸をすること二、三分。落ち着いてきたところで、事のあらましを聞こうか、と鳴狐君たちにやっと目を向けることができた。
 この間、じーっと私たちの様子を眺めていた鳴狐君と狐さん。何を思っていたのだろうか。これも考えるだけ、私が羞恥で転がりたくなるのでやめよう。もう主たる威厳ゼロだが、仕方ない。
「…そうですね。三日前に戦さ場で迷子になっていたところ、刀のお二人に保護され、本丸に連れ帰っていただきました。そこで主様に挨拶をしに部屋に伺ったところ、丁度お仕事の疲れか主様、机に突っ伏して寝ておられてまして。起こすのも忍びないので、ご挨拶の手紙を一筆書かせて頂きました」
「なるほど、そういうことか…」
 三日前、私は「久々に本気出す」と二人を出陣させ、仕事に取りかかっていた。だが、いつの間にか寝ていた。起きたら仕事をする気を失くしていたので、そのまま自室を後にした次第である。その間にそんなことがあったとは。
 そういえばマニュアルにも刀剣を出陣先で拾うことがあるって書いてあったな…。
 この手紙の字がうにゃうにゃしてたのも、狐さんが書いてくれたからなのか…。どう書いたんだろう。動画に撮りたい。動画サイトにアップしてあわよくば視聴数を稼ぎたい。
「その後も、何度か主様に声をかけようとしたのですが、生憎、鳴狐はシャイでして…。挨拶を断念する日々が続き、本日に至ります」
「シャイなら仕方ない」
 声かけも断念されてた!なんてこった。…もしかしたら、今までに感じていた妙な気配は、鳴狐君と狐さんのものだったのかもしれない。そういうことにしておこう。
「……そういや、ご飯とか大丈夫なの?一緒に食べてないよね?お腹空いてない…?」
「大丈夫です。やはりシャイなので、別室でこっそり頂いておりました」
 そうなんだ!良かった!これには審神者もにっこり。
 でも、食事は三人分しか用意していなかったはず。これこそホラーか、と身構えようものなら、すぐに種明かし。
「戸棚にあったインスタント食品なるものを食べておりました」
 それ、審神者の私物!!
「インスタント食品?美味しいんですか?」
「ええ!ええ!ちょっと味は濃ゆいですが、ラーメンやうどんもあって…。お揚げのついたきつねうどんは特に美味しかったです!ねえ、鳴狐!」
 頷く鳴狐君。体に悪いインスタントばかり食べさせてしまった。野菜を使った手作りの料理もこれから食べてもらおう…。鯰尾と狐さんがインスタント食品話で盛り上がる中、審神者は固く決心した。
「ポット殿からお湯を注いで三分待つだけで、ほかほかの料理が食べられる…。本当に便利な世の中になりましたねえ」
 そうか、お湯も自分で注いだのか。…って凄いな!?
「ポットの使い方、よく分かったね」
 刀剣男士が文明の利器を使いこなしていることに驚きを隠せない。家から持ってきた、バリバリ現代の保温ポットだぞ。というか、ポットを使うことから理解していたのも凄い。
「あぁ、ポット殿にご自身の使い方をお聞きしたので」
「うん?」
「おや?主様、ポット殿の声が聞こえないのですか?」
「えっ?」
 思い出したように、ホラー要素を入れてこないで欲しい。ポットが喋る?ど、どういうことだ。戸惑う私に、「ご存知、ないのですか?」と首を傾げる狐さん。
「長い間使用されていたことで、ポット殿も我らと同じ、心ある付喪神となっていたのですが…、ご存知なかったのですね!」
「…ご存知なかったなあ」
 これが一番のホラーかもしれない。てっきり、付喪神になるのは刀剣男士や、手入れをしてくれる道具だけだとおもっていた。電化製品は大切に使おう…。
 意思があるということは、「いつもありがとうございます!」「ボタン押させて頂きますねー!失礼します!」やら喋りかけた方が良いのだろうか。後でこっそり鳴狐君たちに聞いてみよう。
 色々あったが、これでやっと一件落着!という所に震える刀が一人。加州である。
 いさめただけでは納得しなかったようで、その場に正座するよう促される。「主が鯰尾をそういう目で見てたのは分かった。でも、それなら俺に一言通してから…」と自らも正座し、語り出したので、「お化けが怖かったんです」と正直に伝えた。事態を理解した加州はみるみるうちに顔を真っ赤にさせたのだった。