堀川君という刀は、挨拶が済んで、真っ先に「カネサン」が来ていないか私に聞いてきた。執務室まで彼を連れてきた鳴狐君と共に首を傾げる。
「カネサン?」
「そう、兼さ…いえ、和泉守兼定です!」
「そういう刀はここにはまだ来てないな…」
「…そうなんですね」
私の言葉に、堀川君は目線を落とすも、すぐに元に戻し、背筋をピンと張った。
彼が言った刀の名前が長いので覚えられなかった。仕方なく、カネサンとする。
「主様、資材も有り余っていることですし、再度鍛刀してみてはいかがでしょう?」
お供の狐さんが鳴狐君の肩からひょっこり顔を出す。それを聞いて堀川君がきらきらした目をこちらに向けた。うおっまぶしっ。うーん、めんどくさいけど、たまには頑張ってみるか。早速二人を引き連れ、鍛刀場へ移動した。
「主さん、頑張って!」と熱い声援をいただきながら鍛刀をするも、手伝い札を投げる間もなく焦げた塊ができること、できること。……持っている資源を全部使って出来たのは黒塊(こっかい)たちだった。たったいま私が名付けた。黒塊を量産していくにつれ、堀川君の顔が絶望に満ちていき、鳴狐君たちもおろおろしだしたのを見て、私も泣きそうになっていた。鯰尾や堀川君の時と違い、うまく鍛刀ができない。期待を背負ったプレッシャーのせいか?この私が、プレッシャーに負ける、だと…?申し訳なさすぎて、みんなにごめんと謝る審神者。
「いえ、僕こそすみません。無理言って、鍛刀させてしまって…疲れたでしょう?」
「私めからも…申し訳ございません。お休みになって下さい!」
「寝て」
気を遣わせてしまった。鳴狐君の気遣いが簡潔すぎることに気を取られながらも、また今度頑張ってみるね、と告げておく。だが、黒塊を量産したトラウマはすぐに解消できない。…今後、うまく鍛刀出来るか自信がなくなっていた。
それでもやれることはやってみようと、新しく来た堀川君のために、こんのすけから授けられたマニュアルを部屋から発掘した。どこにしまったか記憶ゼロの状態からの捜索活動。探すのに一時間かけてしまったが、出てきただけ良しとする。
鍛刀の項目にはこう書いてある。『各資源の配分で刀の種類が変わる。資源の量が少ないと短刀が、逆に多いと、大太刀や太刀が出来ることがある』なるほど。カネサンの刀種を調べた。加州と同じく、打刀らしい。…ただしレアの打刀。そのあたりも重く肩にのしかかる。それはともかく、資源は普通くらいにした方がいいのだろうか。
マニュアルを読み込んでいくと、各刀剣の鍛刀時間がまとめられていた。ありがたくメモしておく。
鍛刀運をあげるためのアイテムにも触れられいてた。思わずマニュアルを持つ手に力がこもる。『審神者の活躍により、都度、鍛刀運をあげる「富士、竹、松、梅などの札」が支給される』と書いてある。
あれ?うちの本丸来たことないけど?頭を抱えた。刀剣をあまり出陣させず、報告書類を積み上げる審神者は貢献出来ていないようだ。じゃあもう、捨て身でマイラックを信じるしかあるまい。
「心折れた」
気合いをいれて臨んだ鍛刀が全て失敗に終わった。資源が溜まってきた頃合いで始めたが、黒塊(トラウマ)が並ぶだけだった。「うわっ、マイラック低すぎ…」ということが証明された。引いているのが近侍の加州だけでよかった。崩れ落ちたままの私の背中を軽く叩き「ど、どんまい?」と控えめに案じられた。…なんと返せば良いのか。
ちなみに、堀川君にはこの鍛刀チャレンジのことを伝えていない。駄目だった場合を考えてのことだが、もうそこから自信のなさが現れている。
しばらく鍛刀はやめ、やめだ。疲れるし、うまく出来ないし。加州に慰めてもらいながら鍛刀場を出た。廊下の木目を目でなぞっていると、深いため息が自然とこぼれる。執務室でごろ寝でもするか…と決めたところで、加州が「ヤバ」と小さな声をあげた。
「主さん、お疲れですか?…鍛刀をお願いしようと思ったのですが、いつもより元気がなさそう。大丈夫ですか?」
申し訳ないが、今、一番会いたくない刀剣ナンバーワンに遭遇してしまった。「ギクッ」という擬音が口から飛び出しそうになるも、辛うじて「お、おう」と声が出せた。「よかった」と息をつく堀川君に良心が痛む。
「もうそろそろ資源が溜まってるかなって思ったんですけど、また今度、改めてお願いしますね。あぁ、すみません!引き止めてしまって…。ゆっくり休んで下さい」
穏やかな笑みを浮かべた堀川君の言葉に、さらにギクッ。今、資源をほぼゼロに減らしたところだ。そして、鍛刀場も覗こうと思えば覗ける状態。かなり減った資源や、申し訳程度に上から布をかけた、部屋の隅の黒塊の山を見られれば、鍛刀の成果がバレてしまう。そうなれば…。
以下、妄想。
「資源が無くなってる…。それにこの黒い塊…」
「黙っててごめん。内緒で鍛刀したんだけど、やっぱり難しかったみたい…」
「とんだ駄目主じゃないですか!こんな本丸もう嫌だ!出ていきます!」
こうなるに違いない。
堀川君の足は鍛刀場へ向かっていることから、加州が慌てて堀川君に話しかけている。「堀川、もう内番終わったの?」「うん、終わったよ」などと会話をしているが、ゆっくりながらも確実に鍛刀場へ進んでいる!
「ほ、堀川君!」私もどうにか引き留めようと声をかけるも、時すでに遅し。堀川君が鍛刀場の扉を開けていた。加州と共に叫び声をあげる。
「あれ?昨日あんなにあった資源が無くなって…」
バレてしまった以上、正直に伝えるしかない。鍛刀場の扉を開けたところで立ち止まったままの堀川君のもとへ向かう。
堀川君の後ろであちゃーといった具合に頭に手を当てる加州の肩をたたき、「ごめんよ、ありがと」と伝えておく。そして、堀川君にも謝った。
「黙っててごめん。内緒で鍛刀したんだけど、やっぱり難しかったみたい…」
「…そうだったんですね。でも、何で謝るんですか?主さんは僕の為に兼さんの鍛刀を頑張ってくれたんでしょう?」
「堀川君…」
想像していた最悪の展開にはならなかった。こんな駄目審神者でも優しくしてくれる堀川君。君は天使か。
「でも、どうしてでしょうね…。今までは鍛刀が出来てたみたいなのに」
「そうなんだよね。原因も分からないし、しばらくは鍛刀をやめ…」
「じゃあ僕と一緒に鍛刀の訓練しましょう!」
「ごめん、何て?」
キラキラ前向きな申し出に、思わず耳を疑ってしまった。
「練習すればきっと上手にできるようになりますよ!」
うまくいく方法が見つかっていないのと、鍛刀がトラウマになってきたのであまり気が進まない。
「いや、でも…ちょっと、自信ないなあ…」
「「でも」じゃありません。やりましょう」
「は、はい…」
爽やかな笑顔のまま、ぴしゃりとはねつけられてしまった。助けを求めて、加州の方を向く。私の必死な表情に、察してはくれたみたいだが…。
「そういえば堀川、割と厳しいところがあったんだよね。…ええと、主、頑張って…」
「加州、彼を止めてくれ!」
「ごめん、俺じゃ無理だと思う…!主…!こんな俺を嫌わないで…!」
「いや嫌わないけど、ちょ、待って加州ー!」
加州は去っていった。背を追いかけようとするが、肩をがしっと掴まれ阻まれた。軋んだロボットのように振り返ると、じゃあ始めましょうか、と言わんばかりのいい笑顔。
その後、資源が貯まるまでの期間、毎日、執務室での筋トレが始まった。鍛刀の練習じゃなかったのか。そうは言えない雰囲気が漂っていた。堀川は天使だと思いこんでいた私が愚かだった…。
「主さん、腕立てもう3セット追加しましょうね」
「何で!?」
「心を読みました」
「マジで!?」
「冗談です」
執務室の畳に汗が染み込んでいく。相手は付喪神、悪態をついたことが筒抜けなのか、本当に冗談なのか分からない。
「でも、何で、筋トレ?」
「主さんと過ごしている内に、やっぱり主さんの心根を叩き直した方がいいのかなと思って」
堀川は語る。いかに私の部屋が片付けされておらず、埃まみれなのか。ほぼ昼寝しかしていないか。他の刀剣たちに本丸での仕事を丸投げしているか…。
真剣な顔で伝えられると「ごめんて」しか出てこない。
「そういう、だらしなさが鍛刀にも出ているかもしれないので、主さんを鍛えている次第です」
「仰る通り…」
何も反論出来ない審神者。
「本当は滝に打たれたいんですけど、手ごろな滝がないので、今は筋トレで我慢しましょう」
手ごろな滝がなくて良かった…。庭にあるのが池だけでよかった…。
そうしている内に、資源がほどほどに溜まり、再度鍛刀を行うことに。体は引き締まったが、心はどうかな、自信ないな…と迷いが生じている。
そういえば、カネサンについて聞いていなかった。
「ちなみにカネサンってどんな人?」
「よくぞ聞いてくれました!兼さんはですね、それは強くて格好いいんです!僕も助手として、兼さんを誇りに思ってるんです」
へ?と相槌をうつ。刀剣男士として顕現したら男気溢れる爽やか系イケメンが出てきそう。
「てか、刀同士どこで知り合ったの?」
「新撰組の土方歳三って知ってます?僕ら、彼の刀だったんです」
「へえ!マジで!?凄いなあ…」
「……まあいいや、鍛刀を始めましょう、主さん」
気後れしながら(この時点でもうダメな気がする)男気溢れた爽やか系イケメン来い来い!と願いながら資源を窯へ投げ込むと、即、爆発音と共に黒い煙があがる。このパターンを何度見たことか。失敗が確定した。窯からゴロリ…と黒塊が転がってきたのを見て、何度目かの、心がぽきりと折れる音がした。
「…駄目だ!これ以上はやめよう!無理な気がする!」
「そんな!諦めるんですか…?」
子犬のように潤んだ瞳を向けられた。審神者は思わずきらきらした瞳から視線を逸らした。筋トレで厳しかった後にそんな目を向けられるとギャップでさらに後ろめたさを感じてしまう。
だが、今の状態でまた鍛刀に臨むのは得策でない。
「もうちょっと対策を練ろう!鍛刀成功の秘訣を調べるんだ!」
「そうですね…。なら、知り合いの審神者さんに聞いてみるのはどうでしょう?」
「あー…知り合い、まったくいない」
「ええ……」
堀川に引かれてしまった。刀剣たち以外、誰とも関わらない生活を続けて痛い目を見る例である。
調べようと言い出したのは私だし、どうにかして誰かに聞いてみなければ。
「こうなったら政府の職員さんに電話してみよう」
審神者業関連で登録してある連絡先はこの人しかいない。あの伝説の初日に、遅刻した私を手厚くフォローしてくれた方。
「審神者なんですか?その方…」
「分からん、でも頼りになりそうなのはこの人だけだ」
ポケットに入れてあったスマホを取り出し、連絡先から職員さんに電話をかけた。思い立ったが吉日である。
『はい、お世話になっております。政府の職員です。審神者さん、お久しぶりです』
「お世話になってます。突然電話をしてすみません。ええと…つかぬことをお聞きしますが…」
職員さんに「鍛刀が失敗するのですが、どうしたら良いでしょうか」と聞く審神者。
職員さんはしばし唸りながら考える。
『それは…審神者さんの物欲が強いからではないでしょうか?』
「何ですって」
『よく、物欲センサーってあるじゃないですか、欲しい欲しいと思えば思うほどゲットできない』
「ああ、ソシャゲのガチャでよくあるやつですよね」
『はい、それです。鍛刀にも物欲センサーがありまして』
「あるんですね!」
私や堀川の「カネサン来い!」という物欲がセンサーに引っかかっている模様。やはり神様は欲がお嫌いのもよう。
職員さんから、『心を無にしながら引く…じゃねえや、鍛刀することをお勧めします』という手応えを感じられるアドバイスを頂けた。お礼を言って、電話を切ると堀川に早速ことの次第を報告する。
「僕らの欲のせいってことですか…」
「実際に資源を入れる私が主な原因だろうけどね…ごめんよ」
「いいえ、じゃあ、今度は無心でやりましょうか。僕も無心で控えています」
「お、おう。やるだけやってみよう」
無心、無心。失敗するかもしれないという恐怖も考えない。カネサンなんて奴も知りません。無、無、無の境地へ。
何も考えずに資源を手に取ると、窯へ放り投げる。……爆発音が鳴らない?窯がちゃんと仕事をしている。
「これ、成功だよね?」
「成功だと思います」
二人ではやる気持ちを抑え、成功を確認した後、「やったー!」とハイタッチした。物欲をなくす作戦、成功です。職員さんにも後でお礼の電話をしておこう。
早速、手伝い札を窯に入れて新たな仲間を迎えよう、と札を取りに行こうとしたが、足を止める。
「手伝い札で早く来てくれ!的な欲も無くそうか…怖いし」
「そうですね」
窯には鍛刀完了時間が浮かび上がっており、リアルタイムでカウントが減っていくハイテク仕様。一時間半だし、おそらく打刀だろう。そのまま呟くと、「えっ…まさか、兼さん!?」と飛び上がりそうな勢いで喜ぶ堀川。
「あ、いや、…多分、時間的に違うと思う」
レア打刀のカネサンであったら倍の三時間で出来上がるはずだ。
堀川はそれを聞いて、恨めしげに私を見つめる。
「……主さん、あげて落としますね」
「ごめんて、そんなつもりじゃ…」
「なんて、悪気がないって分かってましたから。僕こそすみません」
からかわれた模様。表情をぱっと変え、悪戯っぽく笑われてしまう。打ち解けられたのかな、と思えば、悪くない。
「でも、そんな時間で刀が出来るなんて、短すぎやしませんか?」
「確かにね。これも現代の技術なのかも。科学の力ってすげー!」
「やってることは神頼みですけどね」
「…そだね」