「ヒューゴー!」
今うちの主人は休憩してるわ。まったく丁度いいわね、と言われ、ヒューゴさん(お父様)の部屋まで来たはいいが、着いた途端奥さんは部屋に飛び入り、私だけびくっとした。(他の二人は慣れているのね)
「あぁクリスどうしたんだい」
見ると、温和そうなご主人に抱きついている奥さんの図。アツアツですな。
クリスさんが簡単に事情を説明し、私は部屋に入るよう促された。
「失礼します」
「やぁ、初めまして、私はヒューゴ。…君もソーディアンマスターなんだね」
「はい、そうです」
「よく来てくれたね!君に頼みたいことがあるんだが…」
見るからに、人の良さそうなお父上だ。破天荒なお母様の尻に敷かれてそう。
「君には、私が発掘したソーディアンのマスターになってもらいたい。そして、彼から過去の歴史や知識を聞き出してほしいんだ」
「わぁ、とても大丈夫です!やります!」
リオン君から、ちくちくした空気を感じるが、そんなの関係ねえ。
私は生きて戻らねばならないのだ。就活中の現代に…。あ、やべっ泣きそうになってきた。
「それは良かった、だが、一つだけ約束をしてほしい」
「はい、何でしょう」
「そのソーディアンの事を、私達家族以外に話すのはやめてほしいんだ」
「分かりました。口外しません」
真剣そうなセリフをしゃべりながらもぽかぽかするオーラを醸し出すヒューゴさん。
ソーディアンは古代の遺物みたく、価値のあるものだから他言するなって事なんだろうな。
「じゃあ、この契約書にサインをしてもらいましょうか」
「はい、お母様」
「母さん!」
こういう事はお母様がしっかりしてるんだろうな。彼女はどこからともなく紙を取り出す。
リオン君が戸惑いの声を上げる。
それに呼応してなのか、紙は一向に差し出される気配がしない。それどころかお母様は品定めするような目を私に向けるではないか。
「その前に、貴方の生い立ちについてお話してくれるかしら?」
「あ…」
「見るからに、びしょ濡れで磯の匂いがするって感じだけど?」
「クリス…」
さすがに、どこの馬の骨か知らないびしょ濡れで磯っぽい奴に、大事なソーディアンを託す訳にはいかない、か。くっと口を噤む。そんな私達のやり取りをおろおろしながら見守る男達。
私は視線を落とすと、ありのままを語ることにした。
「…私、実はここの近くの町で路上生活をしていたんです、父と母はすでに他界して、どこも雇ってもらえず、蓄えも尽きて、身を売るしか生きていけない所まで追い込まれて…それで、死のうと思って、海を進んでいたんです、でも死ぬの…怖くてッ…!!」
嘘です。涙だって流せるさ。生きていく為なら。
ずっと考えてた、町に行く間、町を歩いている間、この国はそこまで富んだ国では無いことが分かって、こう言ってみようと思ったんだ。
「…そんな所に、リオン君が来てくれて、本当に嬉しかったんです、優しくしてくれて、必要としてくれたんだって…」
「お前…」
「ミクトランのマスターになってくれ、そしてうちに住んでくれ、こちらこそ頼むよ…!!」
「うちの男性陣、情にもろいのよね」
あれよあれよという間に、住み込みで働き決定!ヒューゴさんと手を取りあう。
「まったくもう、仕方ないわね。貴方には家事の手伝いもしてもらうわよ」
「やります、やります。家事なら任せてください」
「部屋はルーティと一緒でいいわね。うちの娘なんだけど、丁度今、家を空けているから帰ってきたら紹介するわ」
「分かりました。ありがとうございます」
ようやくクリスさんが書類と羽ペンを差し出してくれた。
そこには、さっきの約束の内容を守るように、という旨と、契約金1000ガルドと月に一度2000ガルド給料が貰えること、契約は破るべからずという内容が書いてあった。
マントを買っていたとき、20ガルドだったから、おそらくガルドとやらは、円に換算すると、×50すればいいと思う。
マントは1000円。契約金5万、給料10万と換算すればいいと思っている。かなり少ないけど、住み込みだから、なんとかなると思いたい。
**
「まぁ、手に余る相手だと思うけど、よろしく頼むよ」
「確か、ミク…さんでしたよね」
「正しくはミクトランだ」
ルーティさんの部屋を案内された後、ミクさんが置いてある部屋へ向かっていた。正しくはミクトランさんだった。
不穏な言葉と、どこかで聞いたな、というデジャブに私が顎に手をやると、リオン君は罰が悪そうに解説してくれた。
「…天地戦争での、天上軍の総大将、ミクトランだ」
「ミクちゃんって言ってたら、女の子と勘違いしてたかしら、ごめんなさいね」
「……えっと」
何でそいつ、敵方のソーディアンの中に入ってんの?私は視界がぐらつくのを感じながら、疑問を口に出す。
「ソーディアンは地上軍の兵器だと聞いたのですが」
「…元々はソーディアン、ベルセリオスが入っていたのだが、ミクトランと戦って、相打ちになった際、ミクトランがベルセリオスに乗り移ったみたいなんだ」
「わぁ…だったら剣から体に移って、乗っ取られそうですよね!」
『そこまでは出来なかったみたいですよ』
何でもありすぎないか。
混乱する中、厳重な扉の前でヒューゴさんの足が止まった。ここに、ミクトランが…。
「まずはソーディアンマスターになるのが大変だと思うが…」
「えっマスターになるのも大変なんですか」
「ソーディアンがマスターだと認めないといけないからな…」
私の想像では、ちゃっちゃと手に取った時点で、はいマスター!になると思っていたが…。なんだか肩が重くなってきた気がする。ブラックという言葉が頭をかすめる。いや、ブラックなんて思っちゃ駄目だ。こんなに良くしてもらってるのに、ブラックなんて言っちゃ…。
「開けてみなさい」
「はい」
雑念を振り払っている中、ヒューゴさんが扉の鍵を外した。
私は覚悟を決めて、扉を開けた。
『…む?久々に私の前に来たと思ったら、なんだその貧乏くさい女は』
「え?いきなり暴言浴びせられたんですけど…」
「…仕様だな」
「こんな仕様嫌ァ!」
完全に黒です。
『なに?こいつが私のマスターになるだと?…お前たちはやはり馬鹿だな』
『馬鹿じゃないです、とりあえずマスターに認めてくれませんかね?ミクトランさん」
『下賎な地上の人間が私の名を口にするな!』
壁に取り付けられている、ラスボスが使用してそうな漆黒の大剣。
とてもじゃないが、これに美少女なんて入ってない。入っていたのは屑野郎だった。
会話が成立しない時点で、もう駄目じゃね?と諦めたくなる。
だが、もうお金は受け取っている。生暖かい目で一家が私を見ている時点で、逃げ場なんて無い。クリスさんに至っては契約書をちらつかせている。私は心の中で舌打ちをしながら、世の中に甘い話なんてものは無い!!と叫びたくなった。
『地上の屑共なぞ、地に頭をこすり付けながら天上王と話すべきだろうに…』
「ちょっとそれは勘弁してくださいよ」
『何をヘラヘラしている』
これは苦笑いです。
あー分かったわ、魂胆が。そりゃ自称天上王の過去、その時の技術もろもろ聞き出したいよな…。
それに家族全員ソーディアンマスターの資質があるのに、こいつのマスターにならず、避ける理由も今ありありと分かる。
私は完全に駒だったのだ…。捨て駒という、駒…!!
そう思ったら、怒りがふつふつと沸いてきた。
『土下座すれば、話くらい聞いてやるぞ?愚民…』
「これでも譲歩してるんですよ、ミクトランさん」
私は正座していた足を崩し、立ち上がった。
そして壁についている剣を持った。かなり重たいが、それを悟られまいと部屋を出た。
『汚い手で私を持つな!!』
「…」
次々と降りかかる罵倒を無視しながら、階段を降りる。ヒューゴさん達は私の後をついてくる。玄関まで来てドアを乱暴に開けると、『まぶしいぞ馬鹿者!!」と聞こえてくる。
「あー、ずっと篭りきりだったんですっけ?」
『篭る、ではない!鎮座していたのだ』
「それ、自分に使うもんじゃないでしょ…」
1 神霊が一定の場所にしずまっていること。
2 人や物がどっしりと場所を占めていること。
鎮座とはなんだったのか。2の意味だよね?
まさか1の意味だと言いたいのか、こいつは。
静かな怒りに任せ、剣を地面に落とした。
『…おい、…貴様!!なにをしている、私を地に落とすとは、余程の馬鹿か?』
「地上なんかの土に塗れたせいで怒っちゃいました?天上王たるお方が、地上の民のなすがままってどうなんですか?」
『…貴様、マスターにする価値、…いや、会話する価値すら無いな……私を早く戻せ!…ヒューゴ!こいつを私の目の前から消せ!』
扱う人がいないと、この剣はなにもできない。虚勢を張って罵声を飛ばすくらいしかできない、悲しい剣。
今までもこうやって人を見下しながら指図して生きてきたのだろうか…。
ヒューゴさんがおろおろしてる中、トドメを刺すようにコアクリスタルを踏んだ。貴重な生きる化石を、ぐりぐり。
『な、ーー何をする貴様ァァァァァッ!!!!』
さっきからのストレスが解消される叫びである。くっくっと笑えてくる。それを見つめているヒューゴ一家がかなり引いてる気がしたが、気にしない。
「あぁ、間違えました、本当はこうしたかったんです」
剣をななめに持ち上げると、剣のもち手に体重をかけ、刀身を深く、地面に沈める。
『…』
「もう会話もする気もないでしょうが、聞いてください」
ぐりぐりと剣をさらに地面に深く刺していく。
「私、貴方を埋めますね」
『なッ…!!』
「貴方が死ぬほど嫌っている地上の土に埋まってもらいます、私をマスターと認めてくれれば、こんな思いせずに済むんですけどね…残念です」
『全然残念そうじゃない、寧ろ嬉々としているではないか!ぐへえっ!』
「ほらほら、どんどん埋まっていきますよ〜!?」
『やめろォ!!や…やめえええぇ』
精神的ダメージか、物理的ダメージかは知らないが、掘る度に奇声をあげるミクトラン。
これがかつての天地戦争を起こした張本人と思うと、…うん、可哀相になってきた。
✳︎✳︎
『坊ちゃん…こんなのって…』
「ないな…」
「でも、ミクちゃんの扱い方、発見出来て良かったわ~。それになんだか見てて微笑ましい!」
高らかな笑い声を尻目に、リオンは少し青ざめている。先ほどまで、あんなに不真面目で、それでいて大変な境遇だった女が、あんな事しているなんて。
クリスはクリスで、晴れやな笑顔で彼女達を見守っている。
「…まぁ、見ていると…今までのミクトランが哀れに見えて、スカっとはしますが…」
「そうよねぇ!ね!ヒューゴも!」
「あ、あぁ…」
リオンは苦笑いしてみせた。
クリスは夫にも同意を求めるも、ヒューゴは曖昧に頷いた。
発掘した本人には、ほんの少しの愛着がある為、可哀想に思えていたのだ。
マスターが決まるのは、時間の問題のようだ。