主と認めません!

出陣した刀剣達が新たな仲間を戦場から連れて戻ってくることがある。原理はよく分からないが、他の人の刀剣が戦場ではぐれて刀に戻ってしまったのか、敵の刀がしょうきにもどって保護できるのかもしれない。今日は見知らぬ刀を持って第一部隊が戦場から戻ってきた。馬を引いて戻ってきた石切丸が「おそらくそれは、小狐丸だと思うよ」と言っていた。
結構レアな刀みたいだ。なんでも審神者ネットによると、基本的に主のことが大好きで甘えたがりの刀剣なんだとか。猛烈に今加州が浮かんだ。後、小さくないらしい。……短刀のような子じゃないのか、ちょっと残念だ。
とりあえず受け取った小狐丸を部屋に持ち帰って顕現させてみることにした。大分霊力の使い方に慣れてきた。刀に力を込めると、すぐに小狐丸らしき影が畳の上に現れた。桜吹雪が吹き荒れるのはお約束。桜の中から、やはり大男が現れた。畳の上に散る花びらを気にしながら「どうも」と頭を下げる。こういう時なんと言えばいいのか未だに分かっていない。
ぴょこんと白髪頭にある耳のような部分を動かし、じろり、と値踏みするように私を見つめる小狐丸。その視線におもわず背筋を伸ばした。それから何十秒か経っているはずなのに、何も言ってくれない小狐丸。私は沈黙に耐え切れず「あのう」と様子を窺った。
「何か言ってくださいよ」
「……私は、まだ貴方様を主と認めておりませぬ」
「え!?」
そんな事態、初めてだった。思い切り身構えた。彼はそんな私を見てくっくっと笑っている。
「戦場で拾われただけで主と認めるなんて、おかしくはありませぬか?」
「た、確かに。鍛刀で出したならまだしも、…そうかもしれない」
「ふふ、素直な方でいらっしゃる。……ですから、私に考えがございます」
「はあ」
「貴方様を主と認めるかどうか、試させて頂きます」
この自信はレア刀だからなのだろうか。大きい態度を取らせていいのか分からなかったが、刀剣の意思に沿うことにした。仕方なく頷いた。それを見て小狐丸は口の端をあげる。
「まずは貴方様の匂いを嗅がせて頂きます」
「はい。……ってマジですか、ちょっと!」
「この小狐丸、匂いには煩いのです」
気に入らない匂いの主なんて嫌じゃないですか、と小狐丸は私との距離を急につめると肩を掴んで、首元に顔を埋めた。ひいいい、と小さく悲鳴をあげる。緊張で体が動かせない。すーはーとゆっくり、深呼吸でもするくらいに息を吸って吐いて、匂いを堪能している。いやな汗が出てきたし大丈夫かこれ、と思って、何分か経った頃、やっと彼は手を離した。距離は離れていないが。
「……次は私の毛並みを整えてもらいます」
その無言の間はなんだ、と声をあげる気力はなかった。どこからか取り出した櫛を私に渡す。そして、髪を掬うと、私の膝の上にごろんと体を倒した。いわゆる膝枕の姿勢になった。白い長髪が広がっている。これは、やれ、ということか。
またひいいいと悲鳴をあげていると「早くしてくだされ」と例の耳をぱたぱた動かされたので、仕方なく彼の長髪に櫛を通す事にした。庇護欲を感じさせる耳ではないか…。くっ、と唸る。
耳の部分はまずそうだったので避けて、ふわふわとした毛を上から梳いていく。トリマーにでもなった気分だ。段々と彼の耳が垂れていく。気持ちがいいのだろうか。そう、これは犬だ。犬を可愛がっているのだ。自分の緊張を解かせる為にそう心で言い聞かせた。
「ふう」
一通り全体を櫛で梳き終えたが、彼は無反応だった。なにやら寝息のような呼吸音が聞こえる。変な汗がにじんできて、額を拭っているのだが、次はどうしたらいいのだろうか。主と認めるかの試験は?呼吸と共に上下にゆっくり動く肩を見つめながら、私は考える事をやめたくなった。
足が麻痺した辺りで今剣が「こぎつねまるがきたときいて」と言いながら部屋に入ってきた。泣きそうな私と膝で多分寝ている小狐丸を見比べてから、ぱたぱたとこちらへ近づいてきた。
「おそいからなにがあったのかとおもったら、ひざまくらしてもらっていたとは、いいなあ」
「た、助け」
「…む、…っ、ぬしさま!」
今剣にそういう和やかな話ではないと事情を説明しようとした時だ。ぴくり、と耳が立った。「あ」という間もなく、がばりと体を起こした小狐丸。やっと開放された膝を、思わず畳に投げ出した。小狐丸の前だというのに、はあ、と息をついた。
「…今剣ではないか」
「こんにちは、こぎつねまる。おたのしみだったみたいですね」
「ま、まあそうなるが…。…ぬしさま」
「はあ」
もういいや…と足を投げ出したままの私とは反対に姿勢を正した小狐丸が頭を下げた。
「合格でございます」
「あ、そうなんですか…」
「ごうかくとは、なにをしていたのですか?」
「ああ、えっと」
やはりこのよく分からない事情を説明したいので今剣に向き直ろうとした。ぐいっと体をたくましい腕で後ろから抱きしめられた。あ、これ小狐丸。
「ぬしさまとの秘密だ」
「え?なんで?」
「ぬしさま、先程までの事はこの小狐との…秘密にして頂きたいのです」
「えー!しりたいです!」
仕方なく「分かった」と言った所、やはり耳をぱたぱたさせた小狐丸。「さすがはぬしさまでいらっしゃる!」先程とまったく態度が違う。「ずるいです」と頬をふくらませた今剣の頭を撫でて許してもらった。小狐丸も「ぬしさま、私も」と言い出したが、無言を貫いた。
後日、あれはなんだったのか、と彼に問いただした。耳を下げた(耳しか見ていない)彼は「ぬしさまとすきんしっぷを取りたかったのです…」としょんぼりとした口調で言われた。……許す。(耳に免じて)