放浪者のゆめ⑧

 論文を書くのに終わりが見えてきた。これを提出して、上層部のひとたちを納得させたら因論派での地位を認められるとかなんとか。そう、放浪者がつまらなそうに喋っていた。

「ファデュイでもそうだったけど、地位なんて別に興味ないんだけどね」
「でもナヒーダの頼みなんでしょ?折角ここまでやったんだし完成させて提出しようよ!」
「はいはい」

 特別なお昼ご飯は稲妻風のおかずにするのが鉄板になっていた。(箸の進み具合で判断しているけど)
 論文を見るに、刀や雷電将軍へのあたりが強いことから、「国崩」になる為の何かがあったんだろうなあとは思うけど、稲妻料理は好きなのが、なんだか矛盾している。本当は稲妻や稲妻の人たち?のことが好きだった時期もあったから、稲妻のご飯が今でも好きなのかな、って深読みしてしまう。
 お弁当を食べ終え、最後に「稲妻人の暮らし」についての本を一緒に探しに行くことになった。
 俺は探す本にかこつけて、放浪者に尋ねてみた。

「もし嫌じゃなかったら、放浪者の稲妻での暮らしについても聞いてみたいな」
「……聞いてもつまらないと思うけど」

 思ったより好感触な反応が返ってきた。「君に話す気はない」とか吐き捨てられなくて良かった~。

「つまらなくなんかないよ。良かったこともあったんじゃないかなって思って、稲妻料理は好きでしょ?」

 放浪者は何を言うべきか考えている。
 二人並んで歩いている内に、俺たちの前を立ちふさがる少女がひとり。

「あの、えっと……笠っちさんが好きです!付き合ってください!」

 いきなりの公開告白!頭を下げる少女。放浪者と見た目は同じくらいの年だろうか。
 いつか来るとは思っていたが、やはり告白が来た時の衝撃たるや。持っていた貴重な本の束を落としそうになった。

「僕に恋人がいるって話、聞いてないのかい?」
「でも、実際に見たことありません。私は信じてません!」

 まずい、とそばに居た放浪者から逃げようとしたが即座に襟首を捕まれ、「はい、彼が僕の恋人だから、付き合うのは無理だね」と笑顔で言ってのけた。俺は首をホールドされている。決して逃げられるような力ではない。この細腕にどんな力が…!?
 それにしたって、責任を取らされる時がきてしまった――。まあ大体俺のせい――。諦めるように目を瞑った。

「そんな……!?」

 絶句する少女。ギャラリーも集まっており、周りの人たちも一部、悲鳴をあげている。全てを諦めた俺。楽しそう!にこにこ顔の放浪者。絶対俺が苦労する所を見るのが好きだよね。笠っちさん。

「だったら!お二人が付き合ってる証拠を見せてください!!」

 付き合ってる証拠?付き合ってる証拠とは?お互い顔を見合せた。恋人繋ぎとか?

「ほら!口付けも出来ないんじゃないですか!そうやって煙にまこうとしてるんですよね!」

 口付けが証拠になるんだ……。少女はヤケになっている。どうにか止めさせないと、放浪者はそういうの無理にきま、と思考していた途中で顎を掴まれた。眼前に放浪者の綺麗な顔。

「え?」

 公衆の面前で俺は、口付けされたのだった。

―――――

 呆然とする面々を残し、放浪者に引っ張られ、いつの間にか研究室にたどり着く。扉を閉めて、書籍を机に置いた。

「まさか本当にやるとは思ってなかった」
「……嫌だったか」

 唇に触れた感触の余韻が続いている。胸がやけにドキドキしているのは、公開キッスをしたせいだろう。
 依然としてこちらを振り向かない放浪者。

「いや!恋人が居るって言っちゃった俺にも責任はあるから!放浪者こそ嫌じゃなかったのか…?」
「僕のことはいい。お前は、どうなんだ」

 何だろう、今まで彼と一緒にいて、感じたことのない雰囲気になっている。

「気遣ってくれてる?俺は嫌じゃなかったよ?」
「そうか、なら良い」

 なら良い…?なにが良いの…?さっきから混乱しながら返事をしている。
 放浪者はどう思ったんだか、でも「僕のことはいい」と言われてしまったしなあ。
 慌てた俺はそうだ!と思いついたことを話す。

「…恋人だってことならさ、口裏合わせもしといた方がいいかな?ほら、どこで出会ったーとか、付き合ったーとか、お互いに合わせとかないと矛盾を指摘されそうだし…」

 自分のことながら、焦ると口調が早くなってしまう。

「口吸いもしたんだ、しばらくは誰も寄り付かないだろ。……僕は論文に集中する」

 提案は却下され、放浪者は椅子に座ると本を捲り始めた。
 俺が咄嗟に「あいつ恋人いるよ!」っていったから放浪者は俺にキスせざるを得なくなってしまった。それに怒っているのだろうか?
 いやでも、恋人役はお前だからな、って指名してきたのは放浪者の方だ。
 理不尽な静けさにいたたまれなくなるも、今部屋を出る訳にもいかず、俺も積まれた本を手に取る。大事そうな内容を見つけてページ番号をメモする作業を始めた。

――――

 なにもいわず放浪者が席を立ち、部屋を出ていった。時計を見ると午後6時を示している。もうこんな時間か。夕飯作んなきゃ…。俺も本を片付けて、とぼとぼと木の幹を登る。夕ご飯の時に対面するのが気まずい…。

 聖宮ではナヒーダが俺を迎えてくれた。

「お疲れ様、ナマエ」
「ありがとうナヒーダ」

 気丈に振舞ったつもりだが、神様の目は誤魔化せないらしい。放浪者と何かあったの?と心配そうに俺を見上げる。

「なんにもないよー」
「放浪者がとても辛そうな顔をしていたの」

 辛そうな顔…。やっぱり嫌だったのかな…。凄いモヤモヤする!それに、悲しくなった。はい、俺のせいです。放浪者を辛くさせてしまったのは、俺のせい。

 空とパイモンにはさすがにキスのことは言えないが、ナヒーダには伝えてもいいだろう。
 色々あったことを掻い摘んで伝えた。申し訳ねえ〜!ってことも神様への懺悔のように伝えた。

「そんなことがあったの」
「うん……」

 ナヒーダは考えるように手を顎にあてた。

「放浪者も嫌じゃなかったと思うわ」
「どうしてそう思うの?辛そうだったんでしょ?」
「自分の感情に戸惑っているのよ」
「ど、どういう感情?」
「私もよくは分からないけれど、アーカーシャ端末を皆がつけていた時に見聞きしたことがある感じだと思ったわ」
「どいういう感情!?」
「ごめんなさい、わたくしも感じたことの無い感情だったから、上手く答えられないわ。…なんだか、どろりとして…、そうね、熱々の甘いカレーを急いで食べているような感じかしら…」

 ナヒーダの例えは抽象的だ。

「そっか…でも論文もあるし、これからも気まずいと困る…。ナヒーダ、間に入ってくんない?」
「それは出来ない相談だわ。あなたたちが話し合うべきよ」
「そんなあ〜」
「応援しているわ。勇気を出してみて」

 ナヒーダと別れた後、しょぼしょぼとキッチンに向かう。今日は気分が重いから簡単な料理でいいだろう。旅人たちもいないようだから3人分のご飯で大丈夫そうだ。

 手間のかからない料理を作り、ナヒーダ、放浪者を部屋の外から呼ぶと、一緒に食事をとる。
 放浪者はなにもなかったような顔をしている。俺だけ気にしてるのかな。でもナヒーダは辛そうな顔をしていたと言っていた――。
 ちゃんと話し合うか。でも何を話そう?俺とキスして辛くなかったか、とか?これからも恋人偽装を続けてもいいのか、とか…?恋人役が辛いなら自然に別れた設定にしようか。それよりも、まだ気分的にしんどくないか…。
 食事の味はよく覚えていない。食器の洗い物を済ませた俺は放浪者の部屋へ向かっていた。だが、どこか恐ろしくもある。自分で蒔いた種だ。拒絶されたって仕方ないのに、どうしてこんなに怖いんだろう?

「放浪者、今入っていい?」

 とても、とてもしばらくしてから「あぁ」と力ない声が聞こえた。

「お邪魔します」と扉を開ける。

 放浪者は寝込んでいた。やっぱりショックだったんだ――。

「放浪者、ごめん、俺」
「ずっと胸の奥が、痛い」

 放浪者はベッドから気怠そうに起き上がってきた。俺を見つめる視線が熱を帯びている。

「お前と口吸いしてから、体が変なんだ。いや、恋人役はお前だ、って言った日からだ――。お前が軽々しく僕に恋人がいるなんて言うから、こんな、こんな……」

 放浪者の頬が赤い。その表情は苦しげだ。

「どうして頬が熱くなるんだ?胸が苦しいのは、何故……僕は、人形なのに、心臓なんてないのに」

 初心な放浪者を見て、俺まで顔が熱くなってきたではないか。
 断言する。俺のことが好きだからではないか?
 だがそれをスパァッと言えるような男ではない。糸口を探そう。

「放浪者は、恋をしたことがある?」
「恋…?」
「誰か一人のことが大切で、ずっとそばにいたい…と思うことだと俺は思ってるんだけど」
「つまり、君は僕が君に恋しているといいたい訳か」
「うん、そう……」
「だとすれば、そうかもしれない」

 やけに素直すぎて、俺の心臓もばくばくである。

「君は僕をどう思っている。……だが、今まで散々な目に遭わせた覚えしかない。分かってるさ、僕のことを嫌っているのは…」

 放浪者は視線を下に向けた。
 ちょっと弱ってるよ放浪者!いつものペースじゃない、悲観的すぎる!でも自分のしてきた行いは自覚はしている!
 思わず言葉をさえぎった。

「嫌いじゃないって!そばにいて嬉しいこともあるよ。嫌われた訳じゃないって思ってホッとしたし」

 でも、と俺は言葉を続けた。

「分かんないんだ。俺も全然恋愛経験なくて…こんなこと初めてで、戸惑ってる」
「人間なのに、そういうこともあるのか」

 真面目な顔で質問されてしまった。これには俺も恥ずかしくて声を荒らげる。

「あるの!」

 この人が好き!って思ったことなんて幼稚園小学生くらいからないんじゃないか?
 恋愛とは、何なんだろあなぁ。ナマエ
 という詩が作れてしまった。

「だからさ、返事に時間をくれたら助かる……」

 放浪者は、静かに頷いた。