審神者には本丸として日本家屋が与えられる。普通は庭には松やら桜が植えてあり、日本庭園が広がっている筈だ。
だが、ここの本丸は審神者として就任して早々、主が庭を英国風に変えてしまった。審神者の霊力によって庭を形作る事が出来るようだが、ここまで庭を薔薇の園にしてしまう審神者なんているのだろうか。主曰く、庭ぐらい好き勝手にさせて欲しいとのこと。
庭には、アーチと呼ばれる人が通れる格子が何個も連なって設置されており、それぞれ違う種類の薔薇が絡まっていた。アーチに沿うように煉瓦の道が作られており、そこを除いた一面には芝生が敷き詰められていた。アーチ以外にも、薔薇の為の花壇が設けられていて、膝くらいの高さの薔薇畑が庭を取り囲むように植えられていた。白、黄、赤、桃と様々な色と薔薇の香り広がる庭。中でも青色の薔薇は希少であるようだが、先程にも述べたように審神者の霊力で庭が形作られ、花も育つ為に、育てるのが難しくとも関係ないようだ。
庭が作られた当初、一部の無骨な刀剣男士には薔薇園が不評だったが、毎日暮らす中で嫌でも見せ付けられるせいか、皆が見慣れていった。審神者の普段からの自由さが庭に表現されていて、嫌いにはなれない。
これまた審神者曰く、短刀達が薔薇の園の中で追いかけっこしているのは、最高に風景に溶け込んでいるし、絵になる。そこに微笑んだ一期一振が入っていくと、ここ英国じゃね?と錯覚しそうになるらしい。
それを聞く度に俺だって絵になるし、と対抗してみせた加州。そうなると、審神者は決まって目を細めて「そうだねえ、加州には赤い薔薇が似合うよ」と穏やかに言うのだった。
桃色の薔薇が種類として一番多いと審神者は言っていた。だが、この庭は赤い薔薇が一番多かった。だから、加州清光は好きだった。
今日非番であった加州は、審神者が執務を休憩するのを見計らい庭を見てまわる事を提案した。朝見たときに新しく蕾が出来ていたから、という口実で彼女の手を引く。審神者との時間を共有したかった。お気に入りだというマグカップを手に持ったままの彼女と共に執務室を出る。
霊力で保持された庭は、審神者の気が変わって配置などいじらない限り、常に同じ状態だ。だが、審神者の予期せぬ事も起きるらしい。天候が度々変わる。花壇の脇に新たな草花が生えたり、庭に植えてある木に実がついたり、蝶が飛び交うこともあった。新たな薔薇の蕾が生じるのも、その括りである。
審神者を連れて縁側まで来た加州は地面に向かってしゃがみこんだ。石台に自分の草履と彼女の草履を揃えた。いちいちブーツを履いて審神者の時間を取らすのは嫌だから、この際格好悪くても仕方ない。
まず自分が草履を履くと、彼女の手を取って草履を履かせる。「ありがとう」と毎回、当たり前のように言われる。
「こっちこっち」
「待て待て、走らせないで。飲み物持ってんだから」
逸る気持ちを抑え、さくさくと芝生を進み行く。それでも審神者には早かったようで、のんびりとした口調で諌められた。「ごめん、すぐに見て欲しくって」加州は少しだけ歩く足を遅くした。庭の端に審神者を手招く。
「ここだよ」
「ああ、本当だ。赤いミニバラが蕾んでる」
小さな薔薇が花壇の脇に生えていた。数えられる程の蕾をつけている。一緒にしゃがみこむと、審神者は一口、マグカップに入れてあったコーヒーを飲んだ。
「薔薇って、小さい種類もあるんだね」
「そうだねえ、…可愛い子も来たもんだ」
「主、赤っていいよね」
「加州は何でも、赤が好きだものね」
「何でもじゃないし。キレーなものの赤だし」
「はいはい、…そのおかげでこの庭も赤い薔薇のが多くなっちゃって」
初期刀である加州は庭に驚いた初めの一人だった。赤い薔薇というものを初めて見た彼は、赤い薔薇に惹かれた。当初は白や黄など淡い色のバラが多かった庭園を、赤くしてほしいと審神者に強請ったのだ。戦で誉を何度か取り、「なにか欲しいものある?」と審神者に聞かれた時の事だった。まあ、少しくらいならいいか、とアーチを一つ赤い薔薇一色にしようものなら、次に強請ってきたのも赤い薔薇。いつの間にか、アーチの薔薇は全て赤く染まっていた。
「いいじゃん!赤い薔薇を見てると俺が浮かぶんだよ!…素敵じゃん」
「やだあ加州ってばロマンティック」
確かに戦で出払ってる時に庭を見ると、加州が浮かぶから怖い、と呟く審神者にでしょう?とはにかんでみせる加州。
「特にアーチをくぐると、ああ、ここのアーチはあの時加州が誉をとった時に変えたんだなあ。本当は白だったんだよなあって思い馳せるよ」
「…いいじゃん」
「拗ねちゃった?ごめんって。パステルカラーも好きだったけど、こうやってごり押しされると、赤も結構いいかもって思ってきたよ?」
「ほんとに?」と聞くと、「うん、本当」と返ってくる。おもわず笑みをこぼした加州を審神者が撫でた。その手の感触に浸るように加州は目を閉じた。
「ねえ、加州。今度は川でも作りたいんだけど、どう?」
「いいんじゃない?」
「いいよね!?そこに薔薇の花びらでも浮かべて、ねえ!?」
「あーうん、…でも川の始まりと終わりはどうするの」
「レベルを上げて霊力で作る」
「言ってる事めちゃくちゃだよ、主」
穏やかな日々だった。目を開けたら夢から醒めてしまうのではないのか、と怖くなって加州はずっと目を閉じていた。穏やかな日々だった。
タイトルは「刀さに版深夜の文字書き60分一本勝負」さんからお借りしました。
素敵なお題ありがとうございました!