何十件と並んだ着信履歴、「あんたいい加減踏ん切りつけなさいよ。国がなんか言ってきてもお母さん知らないからね」といい年にもなって苦言を呈され、それでやっと、さすがに不味いと思ったのかスマホを手に取る。
着信履歴を埋め尽くした政府の職員に電話をすると平謝りしておいた。思ったより向こうは怒っていなかった。むしろ、連絡をくれてありがとうとのこと。優しい対応に感動したのも束の間、これからについての話をしていくにつれ、…なにせ審神者だものなあと現実に戻っていく。他にもドタキャンバックレした仲間が多そうだ。
そうです。私も審神者の初出勤にも関わらず連絡もせず、集合場所に行くのをしぶっていた。…でも、やっぱり行かなきゃなあと事の重大さを感じ、考え直したので家の玄関をげんなりとした気持ちでくぐる。朝食は喉を通る気がしなかったので、断っておいた。今日で我が家もしばらく見納めのようだ。振り返って感傷に浸っていると、玄関の鍵を閉められる音がした。チクショウ。いつか嫌気がさしたら勝手に家に出戻ってやる。
国民全員に行われた審神者の適性検査で割と適性があった。遠い祖先がそういう職にでもついていたのだろうか、母も適性があったようだ。検査で適性を確認された者は任意で審神者に志願することができる。私も、是非審神者になってくれませんか?と政府の人に勧められた。
そういう検査が行われるようになったきっかけは、今、世を騒がせている歴史修正主義者が過去に戻って歴史を変えようと暗躍しているせい。今のところ、活躍してくれている審神者達のおかげか、大きな変化はない。
だからこそ、ニュースでしか見ない情報に現実味が湧かないのだが、あえて真偽を確かめる為、興味本位で審神者を志願する者もいるそうだ。私もその中の一人。暇だし。
審神者の仕事内容は政府から少しだけ説明がでている。審神者の役目は何かを呼び出し、それら使って歴史修正主義者と戦わせること。元々は神職の人間が審神者として任命されていたようだ。だから式神的なもので戦うのだと推測している。
審神者が戦うことはないというのも気軽に志願できる理由である。加えて、高収入の仕事でもある為、人気の職なのだ。
しかし、そうやって選出され、審神者に志願したにも関わらず、辞めていく者もいるという。その際、就任中の記憶を持って帰ってこない。そして、二度と審神者になることが出来なくなる。おそらく、適性がなくなる。なくされるのだろう。歴史修正主義者に勧誘などされない為に。
政府から選ばれた神職者だけでなく、一般人から審神者を選出できるようになってから、ニュース番組ではコメンテーターたちが議論するようになった。記憶操作とは人道的にどうなのか、もしかしたら審神者の命が危険にさらされる場合もあるのでは、実態がよく分からない状態で審神者に国の命運を託すのはいかがなものか。…しかし、審神者がいなければこの国も、人も、どうなるか分からない程の国の有事。最終的には仕方ないのかなあ、といった具合で討論が終わる事が多い。
政府の本庁に遅刻上等、とのんびりペースでたどり着いた際、担当の職員さんはほっとした顔で私の元へ駆けてきた。そこでやっと、申し訳ない気持ちになるやつ。
小さな個室で契約書を書くことになった。「もし職務を放棄した場合、記憶をなくしてもいいよね?命を危険にさらす仕事だけど、政府は責任をもたないんだから!自己責任なんだからね!」とあまりのヘビーさにツンデレっ子風に頭で変換しながら、いいよ、いいぜ、もうどうにでもなれ、とサインした。
そして、大きなタイムマシンとご対面。審神者になった者はしばらく家に帰れないといっていたが、まさか過去にタイムスリップして、そこで仕事をするとは…。
棺のようなタイムマシンに入ると、目を閉じるようにアナウンスされる。そして機械音声のカウント。大きな音と共に棺全体が動いた気がした。そのまま過去に移動しているのか、ぐわんぐわんと、体が、脳が揺れる。しばらくそれが続き、吐くんじゃないか、というくらいの頭の痛さ、気持ち悪さと格闘していると、落下したような衝撃。思わず情けない声がもれる。おい、吐くぞ!必死に口を抑えている間に、乗り物酔いのような感覚は次第に薄れ、頭痛だけが余韻のように残っていた。
……着いたのだろうか、棺を開けようにもロックされている。少しして、何か小さな足音が近づいてきた。それがロックを外したのか、自動的に扉が開いた。
起き上がると、そこは和風の屋敷だった。
「審神者様、就任おめでとうございます」
畳にちょこんと行儀よく座る狐がすぐ目に入る。しゃ、しゃべったー。いや、そんなことよりおめでたいの?これ?と両側のこめかみを押さえた。
「しばらく休憩をした後、本題に入らせて頂きます。ちなみに、これは審神者のマニュアルです。余裕があれば目を通してください」
キツネの足元には分厚い本が置いてあった。全部読めねーなと早々に諦めた私は、重要そうなところだけ見ていくことにした。
一通り流しながら読んだ所で顔を上げると、狐が喋り始めた。
「マニュアルに書いてある通り、私が貴方様の審神者業の初期段階をサポートさせて頂きます」
なんでも、人工知能を有した狐型のロボ、らしい。しげしげと狐を眺める。
そうして、やっと周りを見渡した。私と狐と、その前に置かれた一振りの刀、タイムマシンしかない、がらんとした部屋。
再度狐に目を向けると、眉間に皺を寄せられた。なんだか怒っているみたい。それはあれか。私が大遅刻をしたせいだろうなあ。
「私の事はこんのすけ、と呼んで下さい」
「あぁ、はい。よろしくね」
「…さて、ここに一振りの刀があります。この刀は加州清光。まだ審神者の力もなく、実体化に至っていません」
こんのすけが前足で差し出した刀は、黒い柄。赤い漆を塗ったような鞘には黒い紐が結ばれている。鍔や鞘の先端は金色で色合いがよく映えている。
恐る恐る刀を手に取った。この刀から、刀の付喪神?である刀剣男士を出現させて、戦わせるのが審神者の仕事だ。…と、こんのすけから貰ったマニュアルに書いてあったが、どう呼び出すのかは載っていなかった。マニュアルとは何だったのか。…仕方ない、正直出来るか分からないが、とりあえず出ろ!と念じるのみ。
「…本来なら五つの打刀の内から一つを選べるのですが、…既に他に選出された審神者達が刀を選んでいったので、?審神者様にはこの一振りしか残されていません」
「そ、そうなの。なんだか辛辣な物言いね」
基本的に審神者に付き従うというこんのすけはキツい口調で事実を告げる。人工知能は私のルーズさが許せないようだ。
「私が何時間前から待っていたと思っているんですか」
「なるほどー、ごめんね」
「聞けば、審神者になるのをしぶって、しばらく自室でゴロゴロされていたとか…」
「そうだけど、ごめんって」
「そんな生半可な気持ちで審神者を勤めるならば苦難の道だらけです。…こんなことを刀剣男士が聞いたら、どう思うか…。審神者に従いませ」
こんのすけは突然、言葉を止めた。手に持った刀をじっと見つめて「出ろ出ろ」と念じていた私はおもわず顔をあげる。こんのすけが「うしろです、うしろ」と言っている。フリか?と思いながら振り向くと、泣きそうになりながら震えている男が立っていた。
「…えーっと…どなた…?」
「か、加州清光のようです。…顕現に成功したようで…」
「あるじって審神者になりたくなかったの…?」
「え、えーと」
どうやら会話の途中で具現化に成功していた模様。こんのすけがブツクサ言っていた事象が実現したわけだ。目の前にいたこんのすけも加州清光に気づかなかったのか。…そうか、視界が低いものね。
背後の加州清光は私と目線を合わせるようにしゃがむと、追いすがるように腰を抱きしめてきた。イケメンからの突然の密着。
「主!審神者やめないでよ!俺いい子にするから、捨てないで!」
「ぎゃー!加州清光君おちつけ、ってこんのすけェ!!逃げるんじゃない!!」
「尻尾を掴まないで下さい!!」
見るからに面倒な状況に、そそくさと去ろうとするこんのすけの尻尾をガッチリホールド!そして、この連結は長い時間続いた。
その間、どうにか加州清光君を落ち着かせようと声をあげ続けるも、パニック状態の彼に、なかなか声が届かない。早くも声をかけるのを諦めた私は、こんのすけを抱き上げ、顔を埋めたり、もふもふ具合を堪能することにした。こんのすけは「こんな時に何やってんですか…」と呆れている。
しばらくして、締め付けられていた腰の拘束が緩む。加州清光君に目を向けると、涙目ではあるがようやく落ち着いた様にみえた。
「落ち着いた?」
「うん…あ、ごめん、ごめんなさい!」
状況を把握して、勢いよく私から離れる加州清光君。顔が青い。怯えられている。付喪神といっても、かなり人間くさいことが分かる。
彼の「いい子にするから捨てないで」という幼い言葉に、喉に小骨が引っかかったような違和感を覚えた。
「大丈夫だよ。今日からよろしくね、加州清光君」
なるべく安心させる様に努めて笑顔で話せば、加州清光君は大きく息をついた。
「良かった…。主が審神者になるの嫌になったんじゃないかと思った」
最初はそうだったけどね!とはさすがに言えない。笑みを浮かべたまま首を振ると、さらに加州清光君の肩の強張りが解けていく。そのまま、肩がだらんと下がる。
「…あーあ、可愛くないとこ見せちゃったね」
取り乱したことを気にしてか、今度は落ち込んでしまった。
「付喪神」と書いてあったが、こんなにも人間なのか。人間みたいな彼らを戦わせるのか。加州清光君を「大丈夫だ。可愛い可愛い」と励ましながらも、肝が冷えていくのを感じた。審神者、思ったよりもブラック説。
掴んだままのこんのすけが「いいかげん離してもらえませんか」と苦しげな声をあげたので、謝りながら彼を解放した。
「…まったく…。私の毛並みが乱れたではありませんか」
こちらも人間くさい人工知能ロボ。「ブラッシングしようか?」と聞けば、「では、後でお願いします」とのこと。やったね。「いいなあ」と声をもらす加州清光君に「ブラッシング、代わりにやってみる?」と聞くと、「あ、いや!俺はいい!」と勢いよく首を振られた。
「…コホン、改めて、顕現成功おめでとうございます」
「なんかよく分からん間にできてたね。で、彼を歴史修正主義者と戦わせればいいんだね?」
「そうです。各戦場に『刀剣男士』を派遣し、歴史修正主義者を討伐して頂きます」
「戦いなら任せて!主!」
加州清光君がぐっと拳を握りしめた。頼もしい限りだが、「人間のような彼を戦わせる」戸惑いを誤魔化せず、うまく笑うことが出来なかった。加州君はそれを見て、突き上げた拳をゆるゆる下げていく。私を不安げに伺う視線は、子どものように真っ直ぐだ。
こんのすけは我関せずで話を進めていく。
「審神者様には書類を毎月提出して頂きます。本丸での暮らし、戦場での戦果、鍛刀についての報告書…と多岐にわたりますが、お部屋にまとめて置いてあるので、よろしくお願いいたします」
相変わらずタイムマシンがあるにもかかわらず、書類と判子文化が廃れない謎の国である。気は進まないが頷いておくと、加州君に目を向けた。彼の肩がびくりと震えたのを見逃せなかった。
「加州君て付喪神なのに、かなり人間っぽいんだね」
「マニュアルにも書かれていましたが、加州清光や、これから貴方が従わせる刀たちは、過去に実在していた刀です。使い手の思い、人々の作った伝承が付喪神を形作り、刀剣男士として顕現できるのです」
「マジか」
「…そ、俺はあの、沖田総司が使っていた刀だよ」
「有名な人じゃん、凄いな加州君」
刀のことなんて全然知らないけど、「妖刀村正」「なんとか一文字」とかも仲間に出来るということか。
有名人の刀であったことから得意げな加州君だが、涙声の「捨てないで」が、はにかむ加州君から響いて聞こえた。あのショッキングな出会いをまだ引きずっている。
沖田総司は早くに病死するから、置いていかれるのが怖いのかもしれない。それとも、戦いの中で折れた刀だったり…なんて、かなりそれらしい「答え」が浮かんでしまい、嫌だ、と思った。彼の過去を勝手に想像する自分。彼の刀としての生を蹂躙する自分。
「だから何だってんだ!」私の勝手な妄想を頭の中の私が踏み潰していく。私だって、今までクソ経歴しかない。
そう思ったら、さらに、頭の中の自分が火を吐きゴジラのように暴れまくる。加州君は不思議そうに私を見つめているが、私は誓った。彼の過去は知らん。彼、彼らを、「現在の主である私」は大切にすると。
審神者がそう決心しているとは知らない加州清光。満足げに親指を立て、うんうんと頷き出した審神者に頷き返してあげると、やっぱりよく分からん人だな、と審神者をじっと見つめ続けるのだった。
加州君を連れて、こんのすけから本丸の案内を受けた。
まず、居間が広い。空き部屋一つ一つも広い。最低限の家具しか置いていないから広く感じるのか、いや、それでも広かった。
なんだこの感想は。自分でもまずいとは思う。だが、語彙力のない審神者は「広い」しか言えないものだ。
他にも刀剣に関する「鍛刀場」「手入れ部屋」もまわった。
鍛刀場では刀を作ることが出来る。「私でも作れるの?」とこんのすけに聞くと、「えぇ、作れますよ」と、当り前のように返事をされた。
「へー今やってみてもいい?」
「はい?案内中ですのでそれはまだ…」
マニュアルでちらっと見てたので、なんとなく分かるぞ。窯に適当な素材をいれる。「なんですと!?」と叫ぶこんのすけ。…そんな悪いことしたか?首を傾げるも、可愛い声の怒号が飛ぶ。
「あなたって方は!規則を!まったく守りませんね!!」
「ごめんて」
やっぱり、キッチリした性格のこんのすけと私は水と油…。なんとなく、油は私の方だと自覚している。
加州君がおろおろしだしているが、私は大丈夫だ、と笑顔で頷いておく。
「オリエンテーションの流れを守って頂きたいのですが!?今は案内中です!鍛刀は控えて下さい!」
「はい」
ごめんね?と軽くこんのすけに謝った。
そこでやっと、加州君にとっての主として、威厳ゼロでは?と気付く。ダメ主すぎないか、私…。まあいいか、これが事実、すまない加州君。
ご立腹のこんのすけの後をついて部屋を去る際、柱につけられた箱に数枚、木の札のようなものが入れられているのを発見した。達筆な字で手伝い札と書かれたそれは便利アイテムだとマニュアルに載っていたような…。思い出しながら扉を閉めておく。
手入れ部屋は、傷ついた刀の手入れをする部屋。四室並んだ手入れ部屋に入る前に、またも手伝い札が柱に備え付けられているのを発見。先程説明し損なったのか、こんのすけから手伝い札についての解説を受けた。鍛刀、手入れをすぐ終わらせることが出来るそう。日々の日課をこなして、どんどん補充していくことを推奨された。
刀剣男士を戦場に出陣させたり、鍛刀、手入れすることなどが日課とされている。毎日出陣はさすがにしんどすぎないか?どうしても自分と同じ目線で見てしまう。彼らに戦ってもらうことが現代を守ることにつながると頭では分かっているが、程々にしたい、なあ、なんて。
手入れ部屋の中に入り、こんのすけから各手入れ道具の説明をうんうん、と聞く。打粉、拭い紙、丁子油などなど。刀剣男士が傷を負った場合、これらの道具の付喪神が時間をかけて刀の手入れを行ってくれるそうだ。彼らの本体である刀が無事なら、体がどれだけ傷ついても元どおりになる。逆に言えば、刀が折れたら彼らは死ぬらしい。人間と違うのは、そこだけだ。ふと、加州君を見やる。彼は「手入れ部屋なんて使わせないと思うけどね」と笑っている。彼らは私と同じ人間ではないのか?違和感を覚えながらも、これで各部屋の案内は終わり。
そして、お次は玄関。こんのすけ曰く、玄関を出たところにワープ装置があるようだ。用意してあったサンダルに足を入れる横で、慌ててブーツを履こうとする加州君に、ちょっと出るだけだからとサンダルを履くのを勧めておいた。
「う、可愛くな…あっ、うん、分かった、履くね…」
便所サンダルが可愛くないのは当然である。
便所サンダルを装着した私と、見るからにしょげた加州君。そして、こんのすけを抱っこして玄関を出ると、霧が立ち込めていた。霧が晴れているのは直線のみ。その一番向こうにゲームちっくなワープ装置があった。丸く型取られた石畳にはゆうに十人、上に乗れそう。そばには行き先を操作するためのタッチパネルが浮かび上がっている。刀剣たちは、ここから出陣するようだ。他にも、審神者同士で、手持ちの刀剣男士を戦わせる訓練場にもこちらから移動可能。ここから審神者同士の出会いがあるようだが、めんどくさそうなのであまりやりたくない。
ちなみに、霧に入ったらヤバいの?と興味本位で聞いてみた。「一応は、歩き回ったら屋敷の前に出てこれるよう設定しております」とのこと。
「この霧は遡行軍が侵入できないように組まれた特殊な結界です。…まあ、ごく稀に無害な生き物が迷い込むこともありますが、絶対安全ですよ」
「絶対安全」ほど怖い言葉はない。それにあらぬ所につながっていそうな気がするので、霧には絶対入らないようにしよう。背中をぞわぞわさせながら、屋敷の中に逃げ帰る。
廊下を渡って縁側に出ると、生垣に囲まれた、これまた広い庭が姿を現した。
庭には明るい色の土で作られた畑があった。なだらかな、でこぼこの形をいくつも繰り返し、すぐに種を撒けるように整備されている。
離れた所には、松の木や、岩で囲った立派な池もあった。是非池で鯉を買いたいものだ…と思うも、想像するだけに留めておく。想像するだけならタダだ。鯉って、なんとなくお高そうなイメージがある。マイマネーではなく、そうだな、……経費で落ちる場合なら是非とも飼わせてほしい。なんか知らんけど、刀剣男士や審神者の精神的な体調を癒すためとかで経費で落ちないものだろうか?
「何か、よからぬことを考えておりませんか?」
「いや?別に?」
口笛を吹きながら辺りを見渡すと、もっと向こうに離れの屋敷があることに気付く。豪華だなあとしげしげ眺めていると、手合わせするための施設だと説明された。武道場みたいな感じだろうか。渡り廊下も伸びているので、靴を履き替えることなくそのまま足を運べる仕様だ。
最初の内は現実味がなかったが、立派な屋敷を案内されるにつれ、むくむくと「やってやる!」とやる気が起き上がっていく。私はこの本丸の主にもなるのである。
「さて」
屋敷をぐるりと一周し、居間に戻ってきた。こんのすけが後ろについていた私たちの方へ振り返る。狐ロボだからなんと言っていいか分からないが、心なしかきりりとした顔で「案内も終わったので、お次は実際に刀剣男士を出陣させましょう」と言うので「待った!!」と叫んでしまった。「何ですかもう…」こんのすけは呆れ顔だ。
「待ってる間にブラッシングして頂こうと思っていたのに」
いつの間に用意したのか櫛をふわふわおてての下に挟んでいる。乗り気だな。私だってブラッシングしたいのはやまやまだが、加州君一人で戦場に行かせるのは気が引けた。もう一人くらい刀が増えてからの方が良くないか?
そのまま伝えるも、加州君は頬を赤くしながら「主、俺は大丈夫だよ」と胸を張っている。
「加州清光様もそう仰っていることですし。…それに規則ですので、早いところ出陣いたしましょう」
「うんうん、早く出陣させて」
加州君は出陣したい模様。でも心配だしなあ。よし、…ここはひとつ。
「いや、でもぉ…アッ!!何だあれ!?」
あらぬ方を指差すと、「え、なになに?」とこんのすけ、加州君、二人分釣れた。
「逃げるぞ!加州君!」
「えっ!?」
何があるのか探していた加州君の手首を掴み、一緒にこんのすけから逃げ出すことにした。目指すは鍛刀場。
「…審神者様?何を発見され…なんですとー!?」
絶叫するこんのすけを尻目に、廊下を駆けると、鍛刀場の扉をスパンと開けた。柱にあった手伝い札を使おうとしたが…、どう使うのか分からない。困惑する加州君の手前、これ以上頼りない姿を見せたくなかったので、なんとなく、まだ轟々と燃えている窯に手伝い札を投げ入れてみた。すると、ビデオの早送りのように、窯の中の素材が急激に形を成していき、窯から白い煙が立ち込めてきた。失敗したか?初めてのことで何がなんだか分からない。
「主!」
動けずにいると、加州君が私を庇うように前へ立ち塞がる。彼の背中から、煙の中の様子を覗いていると、ゆらりと立ち上がる人影が浮かび上がる。
「審神者様!勝手な行動は謹んでくださいとあれほど…!」
こんのすけが飛び込んできたところで、鍛刀が成功したんだと確信が持てた。煙が薄れて、加州君くらいの少年が姿を現したからだ。
「はじめまして、主。俺は鯰尾藤四郎です!」
「審神者だよ?よろしく、鯰尾君。…ナマズか」
「ええ、ナマズです」
軽やかなアホ毛がナマズのヒゲっぽい。地震を予知するのか、それとも電気攻撃を行うのかな。ふわふわとした想像が膨らんでいく。
「早速で悪いんだけど、こちらの加州君と一緒に出陣してもらっても大丈夫かな?」
鯰尾君に話しかける中、こんのすけが難色を示す。
「ですが、規則では…」
「まあまあ、いいじゃないですか。じゃっ、一緒に行きましょうか!加州さん!」
なんだか底抜けに明るくて、大らかそうな子だ。君が来てくれてよかった…!一人感動に包まれる。
「俺一人でも大丈夫だったのに…」
まあまあ、どうどう。こんのすけと加州君を二人していさめながら玄関へ。
刀剣男士の二人に「いってらっしゃい」を伝えると、二人とも振り返って手を振ってくれた。胸がキュンとつまる音がした。
後に、こんのすけを問いただすことになるとは、今の私は知らない。
審神者は玄関でうろうろしていた。
「ブラッシングをしてください」と言われていたので、こんのすけの持っていた櫛で背中をといでやるも、二人とも大丈夫かなあと集中できず。こんのすけも「まあ、いいでしょう」と私の膝から降り、一緒に、二人の帰りを玄関で待っていた。
「ただいま戻りましたあ」
力のない、小さな声とともに玄関を開ける鯰尾君。所々傷を負っているのに、言葉を失っていると、彼の後ろからとぼとぼ、さらに傷の深い加州君の姿が。鯰尾君の後ろに隠れるようについていたが、鯰尾君が玄関の扉を跨いで靴を脱いでいる中、どうしたのか、立ち止まって屋敷に入ってこない。
「二人とも、おかえり。……加州君、大丈夫?おいで?」
やっと声を出せた。鯰尾君には悪いが、先に傷の具合が酷い加州君の手入れを行わないと。彼に言葉をかけるも、「主、ごめん」と震えた声が返ってきた。
「なんでさ、みんな戻ってきてよかったじゃん。早く手入れ部屋行こう?」
私は靴下のまま地面に降り、うつむく彼の手を引こうとした。だけども、びくともしない。ひとまず、冷たい手を温めるように両手で包み込むことにした。加州君は苦し気に首を振る。
「主…、こんなぼろぼろじゃ、可愛くないでしょ。俺を見ないで…」
開口一番、私の予期していない言葉が放たれ、目をぱちくりしてしまった。
「…うん?気にしてる所ってそこ?」
「あ、いや、一人でいけるって余裕かまして、この結果なのも恥ずかしいけど。俺、汚れて可愛くないから…」
目を伏せて、深刻そうな雰囲気だと錯覚しそうになるが、そこまで深刻じゃないぞ。
「頑張ってくれたんだし、私はそうは思わないけど…。恥ずかしくないし、加州君は可愛いよ」
私の言葉を受け、先程まで真っ青だったのに、みるみるうちに頬を赤くさせた加州君。目にキラキラが戻ったので、メンタルが復活したように見える。少しほっとした。
「あ、ありゅじ…」
「(ありゅじ…?)ほら手入れ部屋行くよ」
「うん!」
「鯰尾君も待たせてごめん。一緒に行こうね」
「はあい」
こんのすけも無言のまま、私たちの後についてくる模様。言いたいことはたくさんあるが、手入れ部屋へ向かうことに。
こんのすけから札の使い方の説明を受ける前に、手伝い札を部屋の中にぽいぽい投げ入れ、二人分の手入れを即、完了した。服が破れるほどの傷を受けていたのに、傷も服も元通り。先ほどまで怪我をしていた二人は、私が見た幻だったのか、と思うほど。
二人に戦場での話を聞くと、途中で強敵に出くわし、辛くも退却してきたようだ。
二人で出陣しても軽傷、中傷だったのに、加州君一人だったら、もっと酷い傷を受けていたのでは、と背中が冷えてくる。そうやって、審神者を務める覚悟を植え付けてくるスタイルだったのだろう。「刀剣男士を戦わせるとはこういう事だよ」といった具合に。
「加州君一人だったら重傷になることを見越してたんじゃないの」
早速こんのすけに問いかける。だが、こんのすけはだんまりを貫いたまま。
「答えたくないなら別にいいけどさ、あんまりいい気はしないよね」
「申し訳ございません…」
耳をしょげさせ、尻尾を床につけるこんのすけ。しおらしく頭を下げる彼をこれ以上責めるつもりはない。この子はロボだ。規則、規則と指示通り動いただけなのは、なんとなく分かる。
「ま、みんな無事だからいいけど」
良い感じにまとめておくも、ぐぐうと私の腹の音が鳴る。思わず腹に手を当てた。どうも、格好がつかない。
「お腹空いたな…。こんのすけ、台所に食材ってある?」
「えぇ…、野菜、魚、肉類など一週間分は備蓄してあります」
「よし、料理するか」
台所へ向かうと、冷蔵庫の中身を確認する。一通り無難な食材が揃っている。基本的な調味料も置いてあったので、何でも作れそう。物珍し気に食材を眺める二人。刀剣男士は料理が出来るのだろうか、と興味がわいたので、二人にも手伝ってもらうことにした。
「やったことないけど、俺に任せて!」
「えぇ、やったことないけど、なんとかなるでしょう!」
やったことないけど自信満々な二人、なんとなく不安になってくるが鯰尾君の言う通り、なんとかなるだろう。
「じゃあ肉じゃがを作ろうか」
はーい!と元気よく返事をする生徒二人に任せろと言わんばかりに頷いておく。分量通り作ったことはないが、まあ教えられるはず。
「まずは加州君、じゃがいもの皮をむこう」
台所に置いてあったピーラーで手本を見せる。加州君は手本通りに皮をむいていく。偉い!
「鯰尾君は玉ねぎの皮をむこう」
半分に切って、どっちも全部白くなるまでむいてね、と言えば伝えた通りむいてくれた。凄いぞ!全ての皮をむくハプニングもなく、肉じゃが作りは順調かに思えた。
問題は材料を切り終えてからだった。水を入れて火をつけて味付けをしようとした。砂糖と塩を間違えるのはまあ、分かる。この程度なら分かっちゃう。だが、鯰尾が色に惹かれたから、と味噌を大量投下したり、慌てた加州が醤油で味噌を帳消ししようとしたり、煮汁の色が濃すぎて、最終的には水で引き延ばしたが、「食べれないことはない…食べれなくは……」という感想の味になってしまった。
こんのすけは、私たちの慌ただしさに業を煮やしたのかいつの間にか消えていた。
その後も彼らに料理指導しようとするが、卵焼きは直火で溶き卵を焼いたり、味噌汁は煮干しと昆布が具と化していた。煮干しが何匹も茶碗から顔を出す、子どもだったらトラウマになる味噌汁だった。
彼らに料理をさせるのを、諦めることになる。