13

 帰らなくていいじゃないの?と加州は爪を磨きながら私に言った。「でも、帰らないと」の言葉に、返事はなかった。本丸一番の古株で、私の理解者である加州は、「この戦いが終わるまでに何がしたい?」という、一見楽しげな話をしたのに、終始そっけなかった。

 今日の近侍の加州は私の部屋で、可愛いつめみがきを使って、自分の爪のケアをしていた。あきらかに女である私よりも美容意識が高いこの刀剣。やはりおそろしい子。部屋の中央に置かれたちゃぶ台にネイルを並べて、姿勢正しく、私に背を向け作業をする加州。何気ない体を装い「戦いが終わるまでに、加州達は何がしたい?」と聞いた。側から見れば夢のあるお話だが、私にとっては重苦しい話題だった。その後ろ姿をちらと見ては、正面に向き直るを、返事があるまで繰り返す。話を切り出した身として、かなり居心地が悪かった。情けない気持ちになりつつある。彼はこちらを見ることなく、「この戦いって終わるの?」と逆に聞き返してきた。酷く動揺しながら、鋭い質問に答える。
「う、うん。最近政府の方も歴史修正主義者をひとつの時代に追い込んだっていってたからさ。多分、その内」
「…へえ」
「でさ、それまでにどうしたい?最後ぐらいはいい審神者でいたいじゃん?今まで色々苦労をかけたしね。希望があれば聞きたいなあと思って!」
「じゃあ主は、戦いが終わったらどうするの?」
「え、…私?」
 「それまで」の話をしようとしたのに、心を見透かすように「それから」の話を聞き返される。私にとって悪い方向に話が進んでいるような気がして、つばをごくりと飲み込む。加州のご機嫌をうかがっている。最近、終わりを意識しだしてから、彼らに対して悪いことをしているような気分になっていた。だって、彼らには「それから」がない。私たちのいいように使われて、戦いが終わったら「今までありがとう、さよなら」と、お払い箱。そんな、ひどい終わりが待っている。
 「戦いが終わった後、刀剣男士は刀解か、政府の管理する刀に連結する」タブレットに映る偉そうなおっさんが決定事項とばかりに、こう述べた。即座に「そんな酷い」と声をあげた。きっと、他の審神者もこれを見て抗議をしているはずだ。それでも、クソジジイは審神者たちの声に耳を貸すことはない。接続は切られた。すぐ政府の担当者に連絡するも「急にこんな決定、とても辛いと思います。それでも、上の決定なんです。私たちでは、どうすることも出来ないんです。…ごめんなさい」と苦しげに謝られてしまった。審神者やみんなのことを思ってくれての言葉に違いない。それでも、なんの手立てもないのか、と見捨てられた気持ちになった。この人は悪くないのに、怒りをぶつけてしまいそうで、電話を切った。
 ぽつんと一人残された自室で考えてみた。政府に掛け合ってもどうにもならない。じゃあ、私はみんなに何ができるんだろう。彼らをねぎらうことしかできない。うんと甘やかしてあげることしかできない。それは全て私の罪悪感を和らげる為の行為なのは分かっていた。
 私は意識して彼らを気にかけるようになった。その他にも、書類だらけで散らかっていた自分の部屋を掃除した。みんなに苦労をかけないよう、書類を整理し、溜まっていた仕事もちゃんとするようにした。「最近、主、気持ち悪いですよ?」と素直に感想を言われるが、みんな遠慮なく甘えてくれている。ごめんね。ごめんね、と私は心で謝罪しかできない。人間ってひどいやつだからさ。知ってるでしょ?神様だし。私のわがままきいてくれた皆なら分ってくれるんじゃないかな、なんて。自分の中の汚い気持ちにも気付いてしまった。だが、気付いたところでどうしようもない。残されている道は決まっている。彼らは終わったらさよならする存在。

 ……それなのに、審神者である私は。
「帰りたい…かなあ」
 加州がぴくりと肩を震わせたような気がした。それを見て、息を呑んだ。怒っただろうか。固まったまま加州の背中から視線を逸らせなかった。その内、加州は「ふーん」といつもの声をあげたことで、私はやっと息をはくことができた。
「帰らなくていいんじゃないの?」
 息をはきおわったタイミングで加州はこう言ってきた。再度、詰まる息。え、帰るなって?無理だよ。そりゃ、加州たちと変わらず一緒にいれたらいいんだろうけど、政府に言っても聞いてくれないだろうし。一緒に逃げたとしても、追われることになる。みんな、もっと酷い目に合うかもしれない。それに、元の世界には私を待っている人たちがいる。…じゃあここにいるみんなは?
 最後の疑問に、どうしても自分で答えを見つけられなかった。長いこと考えて、「でも、帰らないと」と声を絞り出した。返事はなかった。その後、話を振ることも振られることもなく、就寝時間になって、加州は無言で部屋を出て行った。
 なんだこれは。選択肢間違えた?ゲーム脳が言葉を変換する。何かアクションを起こさないとバッドエンドルート突入?…そう思ったら、おもわず乾いた笑いが喉から絞り出た。加州から軽蔑される未来がみえる。怖い。どうしよう。ねえ、加州、なんて言えばよかったの。嘘ついたり、当たり障りのない言葉を言うべきだった?
 「ああ」だの「うう」だの唸りながらも寝るための布団を広げる。敷き終わり、勢いよく布団にダイブすると、身を覆うように掛け布団を頭までかぶった。どうにかして納得してもらうのが一番だ。加州になんて言おう。
 そう考えようとしながら、次の日の朝、加州に、みんなに会うのが躊躇われた。加州がみんなに、この事を言ってしまったかもしれない。私、今からだって、追いかけることは出来るんだぞ。
 それなのに、何も行動を起こさないまま寝た。怖いし、明日がんばればいいよね、というお得意の考えで先延ばしした。今が楽ならそれでいいと、何もしないままだと課題を孕んだまま成長していくのが分かっていたのに。

 早くに目が覚めた。ずっとお布団にいたいなあと布団の抱擁の暖かさに浸っていたかったが、時間は過ぎる。そういえば今日は光忠に朝ごはんの手伝いをすると約束していた。気が進まないまま布団から起き上がり、のろのろ着替えて調理場へ向かった。
「あぁ、主、おはよう。よく眠れた?」
「おはよう、多分寝れたと思う」
「多分て。なあに、それ」
 内番ジャージに黒いエプロンをつけて、こちらに振り返る光忠。さわやかな笑顔で今日もばっちり髪形をきめている。
 いつも通りの光忠だ。胸をなでおろしながら、手にもっているエプロンを広げ始めた。
「エプロンつけ終わったら小松菜を切ってもらってもいいかい?」
「うん、了解」
 光忠は今日もかっこよく卵を割り、かっこよく出汁を味見している。見慣れた光景。それをたまに横目で眺めながら頼まれた作業をこなす。
「助かるよ」
「はいはい」
 光忠は私に微笑む。その好意的な言葉に、なんと返せばいいのか今もわからないので、はいはいと言うしかない。
 光忠は私のことをよく気にかけてくれていた。ちゃらんぽらんだった頃は、それこそお母さんのように世話を焼いてくれたものだ。主、お菓子ばっかり食べちゃダメだよ、夕飯が入らなくなっちゃうじゃないか。主、嫌なことでもあった?僕に言ってごらんよ。頭撫でてあげる。主、お仕事頑張っているんだ、うんうん、偉いね。
 なつかしい。あの頃は良かった。みんな、戦に出て死ぬかもしれないと怖かったからあまり出陣させてこなかった。畑仕事や料理をさせたり、自由な時間をあげていた。そのおかげで政府からほぼ激怒されていたけど。反省文を書くお仕事をみんなに手伝ってもらったり、おやつを食べたり、まあまあ平穏な日々を送れていた。
「これからもこうして一緒に作ってくれると嬉しいな」
「…うん」
 これからも。ぎくり、と心臓が縮みこむ。だが、頷いてしまう。
「ふふ、ありがと。そうだ、主、明日でも料理教えてよ」
「ん?一通りマスターしてるんじゃなかったっけ」
 顕現させて最初の頃は、料理を教えてやっていた。めきめきと腕をあげるもんだから、その内レシピ本を見せれば一通り出来るようになっていた。それから、リクエストがあればいろんなジャンルの料理本を与えていた。今の光忠なら、なんでも作れるんじゃないだろうか。
「うん、でも、主の味を知りたくて」
「私の味?」
「僕の料理と、主の料理、同じものを作っても、味は違うでしょう?」
「まあそうだけど」
 私の味を知ってどうするんだよ。私の味の料理でもつくんの?それ、私が作ればいいだけでは…と首を傾げたくなる。
 そんな私の気持ちを知ってか、光忠は何も言わせないように微笑んで、口を開く。
「いいでしょ、主との思い出を作りたいし、覚えておきたいんだよ」
 光忠は分かっているのか。感情を堪えるように歯を噛み締めて、頷いた。
「ありがとう、じゃあ、明日おやつを食べた後でも教えてもらおうかな。んー、何がいいかな。主の料理なら何でも好きだから」
「…ありがと」
「ふふ、最近お礼を素直に言ってくれるよね。何かあった?」
 それとも、分かっていないのか。

 食卓に刀剣達が集まってきた。光忠の「席についていて」という言葉に甘え、所定の位置に座る。
 うちの本丸で顕現している全刀剣と食事を取る、というのが毎日の習慣。なんとなしに続けていたが、ここまで続くと、なんだか感慨深い。
 しかし、今はそんな余裕もなく…、いつものように、長机の端っこに座っている私の右手に加州は陣取っていた。他の刀剣に対してはいつものように接するが、私を見ることはない。何回か本気で喧嘩した時と同じ現象が起きている。だが、他のみんなはそれを意に介せず。何があったのかくらい聞いてくれ。…いや、でもそれはまずいか。…多分、加州はみんなには話していないのだろう。
 台所から運ばれたおかずを光忠がお盆にのせて、まず一番端の席から運んでくる。一番端の席とは、私の席。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「主はどのおかずを手伝ったんですか?」
 私の左手に座っていた鯰尾が声をかけてきた。
「あー、胡麻和えと焼鮭か」
「ふふ、うまく出来てるだろう?」
「なんで光忠が誇らし気なんだよ。ほんと、お母さんかよ…」
「お母さんなのは鯰尾君でしょ?」
「えぇ~違いますよ、光忠さんでしょう」
 やいのやいのとお母さんポジを譲り合う二人を見つめる。
 鯰尾は私が二番目に顕現させた刀だった。最初の仲間の加州は主が可愛がってくれるからと、私のわがままもよく聞いてくれた。鯰尾はそんな私たちを見てか、バランスをとるように、私を諫めてくれるようなやつだった。仕事をあまり進めていないとバレてから私のお目付け役に立候補し、進捗具合を傍らで見守ってくれた。加州はよく仕事を手伝ってくれたけど、鯰尾は本当にヤバイ時だけは手伝ってくれた。仕事が終わったらご褒美と称して、アイスを一緒に食べた。記憶がない彼は、努めて、私たちの前で自分を明るくみせていたと思う。その明るさに助けられてばかりだった。
「おい、あまり主を困らせるな」
「長谷部くん」
「長谷部さん」
 あんまり格好良くないジャージで台所の料理を運んできた長谷部が二人を諌める。私に対しては丁寧だが、他の刀剣にはぞんざいな対応をする長谷部。この本丸のお世話係といえば長谷部。いや、いきものがかり…?私が拾ってきた生き物は大体長谷部が世話をしてくれていた。私が世話するから?って言っておいてこのザマである。お母さん3(スリー)…。ただ、戦いが終わることを知った頃に、猫や犬、にわとり、金魚にいたるまで現代の私の家まで届けてもらった。母、びっくりしただろうな。…動物の世話をしなくて良くなったと長谷部は笑っていたが、心なしか元気がなさそうだったので、絶対、母が大事に育ててくれると約束した。他力本願である。帰ったら、私も世話するんだ。最初の頃は「主」だからこんなに優しくしてくれるんだろうなーと思っていたが、そうでもないようだ。最近では、私にもまあ、たまにツンとする時があるから。
「主さん、ぼーっとしてないで、早く」
「あ、ああ、うん。もうみんなの料理、揃ってるか」
 堀川が見かねて声をかけてきた。
 堀川は優しい顔をしているが割と鬼である。厳しい。布団でゴロゴロしていれば、お布団干せないから、と私を叩き出す。書類を放置していたら、「主さん、仕事しようね」と笑顔で終わるまで見守ってくれる。…あれ、お母さん4(フォー)?刀時代に慕っていたカネサンに会いたいようだったが、諦めたのか最近ではもう私に「早くカネサンに会いたいなぁ」なんて言ってこなくなった。せめて最後はと鍛刀を頑張りつつあるが、失敗ばかり。結局マイラックのせいか、カネサンは召喚できそうにない。申し訳ないと思う。
「じゃあ手を合わせて、いただきまーす」
「いただきます!!」
 私のいただきますの後に続き、男達のいただきますが本丸中を響き渡る。やはり右からギスギスした雰囲気がやってくるので左に受け流しながら、もそもそとご飯をつまむ。美味しいけど、あんまり喉を通らない。
「主どうしたの、…風邪でも引いた?」
 加州の隣の安定が私の方を心配そうに見つめる。この子がひとの病気に弱いのを知っているので、「いや元気モリモリだよ」と伝えるも、怪訝な顔をされてしまった。
 最初はそっけない子だと思ってた。私に対して苦手意識を持ってるように見えた。そういうのが嫌だったから思春期の息子に声をかける母親のごとく、彼に声をかけたり、おやつを分けて、たどたどしい会話を続けたこともあった。そんな中、加州の助けもあり、今では軽口を叩き合えるし、なでなでも望まれるように。
「薬でも処方した方がいいか?」
「だーいじょうぶですって」
 薬研さんはうちの唯一の短刀。夜戦のために、子供の刀かあ…と思いながら鍛えたら、アニキがでてきた例である。頼り甲斐のあるお人で、お祭りでドキドキ!!な出来事もあったなあ。今では懐かしい事ばかりである。
 純粋に心配され、罪悪感に苛まれる。…君達の最後を伝えられてない。それどころか、私は一人で…。
「…何かあったのか」
「ほんとに…大丈夫…」
 まんばちゃん…。まんばちゃんも、優しい子だ。最初に会った時は凄い卑屈だったけど、誰より、自分自身を認めてあげたかったんだよな。悩みを延々と聞きながら、みんなでアドバイスしあって、この本丸の彼は布を被り続けているものの、みんなに笑みを見せるようになった。
「心配」
「私めも心配でございますよ!!」
普段あまり喋らない鳴狐も私を心配している。ちょっぴりシャイで、狐さんがほぼ気持ちを代弁しているが、大事な時は声をかけてくれる。そっと影からみんなを、私を見守ってくれた。
 みんな、私なんか心配しなくたっていいのに、ずっと、ついてきてくれたんだ。
「ごめん…」
「主?」
「ごめん、みんな!!」
 みんなの温かさに、涙が堪えきれなかった。もう、隠せない。
 私は泣きながら話した。戦いがもうすぐ終わること。みんなと一緒にはいられないこと。それでも、自分は家に帰りたいこと。
「加州も、ごめん。…もっと、ずず…ちゃんと、向き合って、話すべきだった。傷つけた。…私のこと嫌ってもいい。…うう、実際いやなやつだし、…それでも、ごめんしか言えない…」
「主…」
 涙と鼻水でまみれた私。みんなの顔をまともに見れない。それでも、私の頭を撫でる手。多分、加州だ。
「…そんなこと言われたら許すしかないじゃん…」
「加州…」
「ほんとはあんたをここに閉じ込めて、一生出さない事も考えてた」
「まじで…?」
 さらっとすごい発言をされたような…。
「でも、俺たち、みんなあんたに甘いから。そんなに真剣に言われたら。いいよって言うしかないじゃん」
「…がじゅう゛」
「そのブッサイクな顔、ちゃんと拭いて、俺たちを見て。…俺たちはあんたの刀だよ。あんたの命に従う」
 はいティッシュですよ、主。左からティッシュを差し出される。それを手に取ると、格好悪く、情けなくずびずびと啜る。みんなの顔をみた。みんな、仕方ないやつだ、と言わんばかりに私を見つめている。優しい目だった。
「…みんなのこと、忘れない。…みんなに会えてよかった」
「ちょっと、死ぬみたいな事言わないでよ」
「きっと、またどこかで会えるだろ」
「なんたって僕たち神様ですからね。主さんが悪事に手を染めないように見守ってますよ」
 覚えているから、と、ありがとうを告げてから、朝食は再開。加州はいつものように安定と話してたり、鯰尾は美味しいですよ、と感想をいってくれたり。長谷部は光忠に今日の食事の味付けについて聞いていたり。兄弟、と堀川とまんばちゃんは笑い合う。鳴狐と薬研さんは、みんなを見守っていた。そうしながらも、みんな、泣いていたように思う。

 数日後、世界は平和になり、本丸は解体され、刀達もみんな還っていった。夢のような日々だったと思う。締め出され、チクショウ!と泣きながら出て行った玄関に今、戻ってきた。母は5時間くらいのバイトから帰った娘を迎えるように「おかえり」と言う。テレビ見てら。ああ、ニャーちゃんとワンちゃんも…。
「ただいま」
 ほんの少しだけ丸くなった私は素直に返事をした。だから、夢なんかじゃない。