おやつのどら焼きを食べている時のこと。主が審神者になった理由が聞きたいと言えば、主は過去を懐かしむような穏やかな表情になった。加州さん、小夜も彼女に注目する。
最初はね、なんとなくやろうかなあって思ってなったんだ。…なんとなく、ですか?と言葉を返せば、そう、なんとなく、と主は苦笑いした。
審神者になれる人は限られていて、たまたま私にその才能があったから。じゃあやろ〜みたいなノリで。…今思えば本当に軽々しいと思う。
でもね、と主は続ける。一緒に頑張ってた人が先に戦いに出ちゃって。…その人も戦ってるから私も頑張ろうって思って、追いかけるようになんとか審神者になった。
そう言い終えて、息をついた。
「そうなんだ。…その人の事、好きなんですねえ」
「え?…うん、尊敬してる」
頬を赤くして、にこにこと語る姿を見れば、一緒に頑張った人の事を大層大切に思っているのだと誰が見ても分かる。
その内、おやつを食べ終えた主は、俺たちに向かって食べ終わったら流し場に皿を置いてってね、と先に部屋に戻っていった。最近、いそがしいのかなあ。
「…いいなあ」
加州さんの呟きを聞いてしまい、おもわず彼の顔を見つめる。
加州さんは無表情でどら焼きをもぐもぐと食べて、それについて喋ることはなかった。
うちの主はやさしい。気軽に声をかけてくれる。大体笑っている。なんだかんだいって俺達のことを大切にしてくれていると思う。
刀の付喪神としては仕える事が出来るなら誰でもいいのが基本だ。だけど、俺は主が主でよかったなあと思う、たまに。
主は基本的に自由なので、好きな時に好きなことをしている。お菓子を取り寄せてみんなで食べたり、庭を散歩したりする。(たまに部屋にこもって仕事してるみたいだけど)日課は昼寝だ。ほぼ毎日二、三時間程寝ている。その際、主の部屋に「昼寝中」との札がかかる。昼寝の間、部屋には誰も入ってはいけないことになっている。
俺は今言いつけを破っている事になっている。だって部屋から「行かないで」って聞こえたら誰だって入るでしょう。
「主!?」
もしかして部屋で何かあって俺を呼んだのかと思い、慌てて障子を開けた。
そこには体を縮ませて布団をかぶっている主が居た。一応、呼吸しているみたいだ。布団が上下にゆっくり動いている。寝ているようだ。しかし、大の字で寝ていそうな印象だったのに、こんな眠り方とは驚きだ。
部屋を入る際に偵察のごとく状況判断をしてしまい他にも気になったことがあった。机の周りがぐちゃぐちゃだったこと。畳には書類が散らばっている。机の上もぐちゃぐちゃだ。主が部屋に俺達を呼ぶ時はいつも決まって部屋は片付いていた。きっちりした方なんだな、と思っていたが…。今日に限って何かうまくいっていないのか、それとも、…いつもこうなのだろうか。
「 ナマエ様…?」
畳に足を踏み入れ、頭しか見えない布団のかたまりに歩み寄る。布団の反対側にまわると、主は苦しげに顔をしかめていた。額には汗まで滲んでいるし、たまに、「うーん」と唸り声をあげている。夢見が悪いのだろうか。迷ったが、起こすことにした。
「主!大丈夫ですか」
布団越しに肩をゆする。「ううん…」と唸りながら、主はうっすらと目を開けた。目が潤んでいる。普段は表情なんか崩さないのに、潤んだ瞳で視線をうろうろさせている。珍しい。それを凝視していた。目が外せなかった。
「えーっと…何で入ってきたの」
すぐに先程とは打って変わって、いつものような表情を取り戻し、困った子供に言い聞かせる口調で俺を咎めた。なんとなく腑に落ちない。
「あ、すいません入っちゃって、「行かないでー」って聞こえたから、つい」
「…そっか……そうか、みっともない所見せちゃったね」
俯く主、自嘲するような、乾いた笑いが部屋に響いた。暫く目を固く瞑った後、主は笑ってみせた。
「心配して入ってきてくれたんだねえ。ありがとう。ちょっと夢見が悪かったみたい。ああ私はもう大丈夫だから、あはは!そんな顔しないでよ、大丈夫だってば!」
やけに饒舌に話す主。それを指摘してもいいけど、まぁ大丈夫って言ってるから大丈夫か、と納得することにした。
「ならいいんですけど」
「仕方ない、起きるかあ」
うーん、と欠伸しながら伸びをした主。なんだか見慣れない服を着ているのに気付く。だらりとして、着物ではないものだ。俺の視線に気付いたのか、主はその服を引っ張ってみせた。
「珍しい?現代から持ってきた服なんだよ」
「へえ…昼寝する度に毎回着替えてるんですか?」
主はいつもへらへらと笑っている割には真面目に着物を着こなしている。うん、と返事しながらその辺に畳まれてあるいつもの着物を手に取る。
「かっちりした着物じゃあ寝れないじゃんね。馴染みのものを着て寝たいの」
「なるほど」
「ところで鯰尾くん」
「なんですか?」
主は表情を変えずに、こちらを見た。
「着替えるから出て行ってくんないかな?」
「あ、すいません。今出ますね」
そそくさと部屋を出て、自室へと歩き出す。鯰尾は考える。
そういえば主は女性だった。あまり意識せずに「主」と思いながら過ごしていたし、自分も「男」の体を持って顕現していたのにあまり頓着していなかった。
人間って、色々と大変なんだなあ…。