灼熱の地にて

 セインガルド周辺しか出歩いた事がなかった。それ故にこの世界の気候が地域によって違うのをヒューゴさんからちらっと教わった時、あまり実感が湧かなかったものだ。
 そして、私は常夏の太陽の下で愕然としていた。蔑む目線、湧き出る汗、そう、ここはカルバレイスだ。何故か私はここにいた。
 あそこは暑かったのよね~、と何気なくクリスさんが過去に言ってくれた事を鵜呑みにして正解だった。出発の一日前に「カルバレイスに行くぞ」と言ってきたリオン君のおかげで、どういう国なんだろう、と下調べする事も叶わなかった。
 カルバレイスは暑い、とにかく暑い。汗を拭ってもまたすぐに首元から汗が滲んでくる。軽装を準備してきた私偉い。セインガルドからの船旅の中、気温が上昇していくのを肌で感じられた私はすぐさまトランクを開いて軽装に着替えた。
 そんな中、ミクが黙ったままでいるのに気付いた。声をかけたが、「うるさい黙っていろ」と言われたので、素直にお口チャックをした。なんとなく、ミクトランは何か考えている気がした。カルバレイスという国に何か思い出でもあるのかもしれない。

 ちなみに何故リオン君にカルバレイス行きを決定されたのかというと、ふたりきりのデートではなく、カルバレイス周辺に強い魔物が出現したから、訓練に丁度いいのでお前もこい、といった具合である。カルバレイス行きを伝えられ、え!?まさか…!?と、ドキドキして、口を手で覆う。そんな私の様子に気付き、顔を赤くして慌ててリオン君が説明してくれるにつれ、自分自身が冷めていくのを感じた。なんだぁ。

 そして炎天下に意識を戻す。私は何故かギスギスした住民の視線を受けながら、兵士達に指示しているリオン君を見つめていた。…えっと、暑そう。彼はいつもの格好をしていた。いつもの格好とは、ハイネックにフリフリ長袖、白タイツの王子様スタイルである。見ている私が暑くなってきた。指示を終え私に向かって歩いてきたリオン君に見かねて声をかける。

「リオン君このまま退治にいくの?替えの服とかないんですか?」
「ない」
「この気候知ってたんでしょ?なら何で……もしや、忘れました?」
「僕がそんなヘマをするとでも?…肌を出したくないだけだ」

 なんと…、乙女か!という返答にただただ目を丸くする。焼けたくないのだろうか、それなら、私の持ち物の中に日焼け止めがある。着いてすぐ入った宿の部屋に置いているっけ。

「日焼け止めありますよ?」
『え、えーとナマエ』
「いらん」
「えーと、…じゃあ肌を見られたくないって事、ですか?」

 リオン君はしかめっ面で頷いた。それを見て私は自分でも微妙そうな顔をしていると感じた。結局恥らう乙女か!

「だから男装疑惑が流れ…おっと」
『大体内容を言った所で口を押さえても!』
「ごめんね」

 シャルのツッコミも冴え渡る。リオン君の顔が険しくなったので素直に謝った。

「……まぁいい、今から30分後にカルバレイスの出口付近に集合した後、出発するぞ。その間に店でアイテムを買うなり準備してこい」
「はい分かりました。…リオン君はどうするんです?」
「宿で休んでいる」
「えー!一緒にお店…ううん、そういう雰囲気じゃないですよね…」

 こういう気候だと観光客でもいそうなのに、そういう人はあまりいない。見かけるのは兵士とか、修道服を着た人か。先住民の人はそういう人達には敵意のあるような目を向ける。あまり快く思っていないようだ。 

「父さんから聞いてなかったのか」
「えーとそういえば、なんだったっけな…」

 ヒューゴ夫妻はまだまだ現役。発掘作業に出かけては、たまに家に帰ってくる。そのタイミングで夫妻に歴史を教えてもらっている。天地戦争の事、国家情勢などなど…は、ほんの少しで、大体は雑談になっている。主にクリスさんによる。
 クリスさんはヒューゴさんの遺物発掘の手伝いをしていた時、カルバレイスにも滞在していたようだ。何でも天地戦争時代のゴミ捨て場だったみたいで、色々と発掘できたみたい。…その話を聞いていたおかげで暑さ対策が出来ている現状。

 リオン君は呆れたように私を見ると、声をひそめてこう言った。

「ここは、天地戦争で天上側だった人間を追放した地だ」

 かちりとパズルのピースがはまったような気分だ。
 だから、地上軍側の人間(の子孫)を毛嫌いしてる。…だから、ミクはあんなに静かだったのだ。
 目線を落とすと、リオン君はため息をついた。憂うような息の吐き方だった。
 背中越しのミクが息を詰めたような気がした。私は彼を見てもいいのだろうか。分からない。どうしよ、という思考でぐらぐらしたまま立ち尽くすのみ。

「そっか」

 やっとの事で声を出した。リオン君は頷く。へらへらした笑顔を作るのは得意だった。 さて、これからどうしよう。ミクを案じようか、それともなかった事にするか…。

『さっきから黙っていれば、なんだ、その、しんみりとしおって!』
『み、ミクトラン』
「わ、わぁ!いきなり声出さないでくださいよ」

 現状を打破したかったのか、いつもの調子でミクトランは声を荒げた。自分からどんよりした空気からの突破口を作ったのだ。
 内心、有難うと思いながら、私はいつものようにミクにとっかかる。

『私の事はいい。今は魔物退治の事だけ考えていろ。死んだら元も子もない』
「…ですね。そうですね、ミク」
『フン』

 今は彼の事で気をとられてはいけない。目の前の戦いに集中。もっともな言葉だった。背中越しの彼は『アイテムでも買いにいくぞ』と私を促した。

「うん。リオン君、では後で。無理しないでね」
「あぁ」
『そーですよ、坊ちゃん。ナマエの言うとおりですよ…。このままじゃ倒れますよ』
「フン」

 リオン君は地味に汗ひとつ流さずに、私達の前から去っていった。ど、どうなってるの…。渋い目線を彼の背中へ向ける。
 『おい、あっちが商店のようだぞ』と、ミクに急かされて、商店を見る事にした。
 案の定、店員さんから白い目で見られる。アイテムも割高になっていたけれど、普段依頼所をこなしてるのもあって余裕で払えた。
 ほくほくとグミと水をポシェットに詰めると、思ったことを口に出していた。

「私とミクの頑張りによって得られてるガルドなんですよねえ」
『突然なんだ気持ち悪い』
「いや、買い物する時大体感じるんですよね。二人で頑張ったおかげで貰ったお金なんだなーって。どっちかが欠けたら、依頼所ではお金も貰えなかったんだろうなって」
『…お前は剣の腕も上がってきているんだろう。私無しでも…』
「いやいや、ミクがいたから強くなった、と思う。ミクがいなかったらどこかしこで死んでた、うんそれは断言できるな」
『……そうか』

 さて、後は町をブラブラしよう!と宣言すると、体力を温存しておけ!と叱られてしまった。確かに。私はその言葉に、素直に宿に戻った。部屋に入って、ベッドにダイブ…したかったが、さすがに汗びっしょりのまま布団に突っ込みたくないので、備え付けてあったタオルで汗を拭いた。

**

 三十分後宿の前で集合した後に兵士さん達と砂漠をざくざく歩く。サンドワームという魔物がオアシス付近に居座っているようだ。けしからん。
 だが、その魔物を見てひょえーと叫ぶことになった。でかい。私の背をゆうに超えている。それに尻尾の辺りは砂に埋まっていて、そのまま移動している。なんとなくダグトリオが浮かんだ。いけない。頭を振る。
 てな感じで攻撃するタイミング、様子を伺う為に魔物から離れた丘にて待機中、と思いきや。

「準備はいいか、いくぞ」
「え、ちょ」

 兵士達もこの魔物を初めて見る者もいるのか、表情を強張らせ、背恐れ慄いている者もいた。そんな人もいるのに、リオン君は有無を言わせない。すでに晶術の魔方陣を足下に展開。強大な晶術を初撃にお見舞いするつもりだ。私達は「この野郎」とおもいながら剣を構える。

「デモンズランス!」

 空から漆黒の槍がサンドワームの体を貫いた。そのまま魔物はぐたり、と倒れこむ。私達は魔物めがけて丘を下った。巨大なワームに一太刀浴びせた所で、貫いていた槍が消滅。ピクピクと痙攣していたワームはいきなり体を起こした。

『来るぞ!』

 ミクの声に息を飲む。私の方目掛け、叩きつけてきた頭から逃れる。そのまま左、右、と長い体を振る。何人かは避けきれず、吹き飛ばされる。助けようにも左右どちらにも倒れている兵士がいる。判断に戸惑っていると、

「負傷した者の傍にいる兵士はそいつらの治療に専念しろ!ナマエ、他の者は引き続き攻撃しろ!」

 丘を降りてきたリオン君が戦闘の指揮を執る。「ついてこい」と私の目を見る。それに頷いた。

「この魔物は水属性が弱点だ。後は分かるな」
「はい!」

 リオン君が先陣を切る。起き上がった魔物に向かって飛び上がり、斬撃を食らわせる。私も後に続きながら、晶術を詠唱。リオン君の攻撃でひるんだ隙に、至近距離から術を食らわせる。

「アイスウォール!」

 下から突出した氷壁がワームに直撃する。ワームは勢いよく倒れると、泡を吹いた。

「集中攻撃しろ!」

 リオン君の声と共にうおおお!と兵士達はサンドワームに切りかかる。まさにフルボッコである。
 結局この一撃が致命傷になり、サンドワームはどでかいレンズに変化。兵士達に先に宿に帰っているように命じたリオン君を、私は浮ついた気持ちで見守っていた。

「私達、凄くない?ミク。なんだか今ドキドキしてる」
『…連帯が上手くいったおかげだな。だが慢心するなよ』
「分かってますよう!」

 この勝利は私だけのおかげでなく、みんなのおかげ。リオン君がいなかったら、最初有利な状況で戦えなかった。(タイミングは滅茶苦茶でした)兵士の皆さんがいなかったら、ダメージを集中して与える事は出来なかった。うん。みんな凄い、と頷いていると周りに誰もいない事に気付く。

「えっ、ちょ…遭難!?」
『…下を見ろ』

 勝利の愉悦に浸っていたら遭難死!洒落にならん!砂漠の中心で慌てふためいていると、ミクの声に下を見てみる。ぎゃっと悲鳴をあげた。

「り、リオンくーん!!」

 リオン君が顔を真っ赤にしながら砂の上に屈んでいた。

「ど、どうしよ!!」
『どうしましょう!?ナマエ!』

 リオン君を町まで運ぼうにも、道分かんない!ただ付いて来ただけだった!!そういやリオン君が地図を持ってたけど、今どこかも分からないし…!凄まじく首を振って辺りを見回す。

「お、オアシスー!」

 少し離れた所に木陰になりそうなやしの木と泉があるテンプレートなオアシスを見つけた。私はリオン君をお姫様抱っこすると、オアシスまで走った。
 オアシスは心なしか少し涼しい。やしの木の下でリオン君を下ろすと、泉にハンカチを浸して、絞って彼のおでこに当てた。

「水、水もいる?」

 リオン君は力なく頷く。道中ちびちび飲んでいたペットボトルを差し出すと、こく、こく、と喉を鳴らしてリオン君は水を飲んでいく。
 あれ?間接キス…?と、いい年して密かにときめいたのは内緒だ。

「上着脱ぎなよ。兵士さんとかいないし…。あ、私がいるか。あああどうしよ」

 慌てふためく言葉を言い終わらないうちにリオン君は上着を腕から抜いていた。えっ、おもわず口を手で覆ったが、ベルトの上の部分だけ脱ぐ形で終わった。タイツの境目は見えません。えぇ、見えませんとも。私は変態じゃない。
 上着の中は半そでのハイネックになっていた。普段長袖だから分からなかったけど、腕に筋肉がついている。
 まじまじと見た後、人に肌を見られたくないのを思い出して、勢いよく後ろを向いた。

「大丈夫?」

 一呼吸置いて、小さな声が聞こえた。

「あぁ」
「良かった…。って、やっぱり無理してたんじゃないですか!」
『心配しましたよ!坊ちゃん無理はよくないです!』
「…すまない」

 珍しく謝るリオン君。ちょ、超振り向きたい!!どんな顔してるんだろう!体をふるふる震わせると、背中からリオン君の声がかかる。

「…別に、後ろ向かなくていい」
「ッ!!」
『早い!』

 リオン君の許可が取れたので、すぐさま振り向く。呆れたような顔をしていた。くっ。私は悔しさで拳を握る。

「…帰りは、僕が先導する。それまで、少し、休む」
「あ、膝枕しましょっ……私も汗でべたべただった」
『今度はすごい落ち込みましたね』

 膝枕イベントなんてなかった。夏、いいえ、全てこの猛暑が悪い。仕方なく私はミクを膝枕した。

『どういう流れだ!!む、剥き身ではないか…!!』
「あ、やっぱり!ひんやりしてる!気持ちいい!リオン君!シャルを首に当てるんだ!!首を冷やすといいみたいですよ!」
『何それ怖い!!』

 こうして、私達はしばらく休んだ後、カルバレイスに戻った。兵士さん達が割りと心配してたみたいだけど、全然何もなかったような、涼しい顔をしているリオン君。男のプライドとやらか。
 そしてソーディアンはひんやり冷たいという、いらない知識が増えた。