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「うわっ、最後の最後で甲羅投げんなよ!」
「要領が分かってきたかも。…よーし一位」
「あーっ、やっぱりここで道から落ちちゃうな…」
「堀川がわたわたしてるの見るのいいね、たまには。あっ、何でもないです」
 カートレースのゲームをやっている。
 今まで、小さい頃しかやったことがなかったけど、本丸が大人数になってきたので、対戦ゲーム、パーティゲーム、たくさんのコントローラーを用意した。なんとなく、みんなとゲームがしたかった。
 コツをつかんできた安定君と普段から慣れている加州は接戦になっていたが、甲羅を使って加州を撃沈させた安定君がトップでゴール。
 私は堀川がコースから落ちていく様を見届た後、走っていった後方組である。ということで最下位は堀川。
 一位でフィニュッシュして、穏やかな笑みでガッツポーズする安定君に拍手を贈る。
 ぽわんとした表情。たまに猫みたいに、何見てんだろう、という時もある。ぱっと見、儚げな少年のような安定君。加州と同じ、沖田総司の刀だそう。服装から新撰組な感じだものな。加州とは全然路線が違うが、沖田総司をリスペクトしているように思う。
 こうして、みんなと一緒にいる時は安定君とうまく関わることができるが、一対一で向き直ると、気まずくなってしまう。私が、がちゃがちゃしているせいで、大人しい彼と親和性が低い恐れがある。歩み寄って仲良くなれたらいいなと思った。だって私、一応彼の今の主だ。

 一人、縁側に座って足を揺らしている安定君を見かけて、台所へダッシュ。秘蔵の団子を2つ取り出し、縁側へ駆ける。
「……安定君、団子いる?」
「あ、うん。ありがとう」
 突然の団子。私の言葉に、見るからに目線を落として団子を受け取る安定君。思春期の息子、そして私が母、というシチュエーションが浮かんだ。「お隣いいかい?」と尋ねてゆっくり頷いてくれたのにほっとする。
「ゲーム、どう?楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
「まさか安定君、あんな上手くなるとは思わなかった」
「…そう?」
「今日がゲーム初日なのに、凄いよ。加州というライバルがいたからかな」
「そんなんじゃないよ」
 視線が合わないのが気になる。庭に向けて投げ出している足をじっと眺める安定君。鍛刀してから、ずっとこんな調子。もしや、私が苦手なのだろうか。でも加州は「そういうんじゃないと思うけど」って言ってたしなあ。「アタックしていったらどうです?」って鯰尾も言ってたしなあ。
 仲良くなるってどうしたらいいんだっけ……?不安を打ち消すように、持ってきた団子を頬張った。

 こんのすけが書類提出の催促にやってきた。今、出来ている分を渡せば、小言を言われた。うん、まあ足りないものね。
「聞いていますか?まったく、審神者様は…今日はこちらで我慢いたしますが、また来週伺う時には書類を一式揃えて下さいね」
「はい」
 頷くと、踵を返すこんのすけ。いつぞやのごとく尻尾を掴み、帰ってしまうのを引き止める。「何ですか」と振り返る間にお腹に手を入れ、よっと抱き上げた。
「本当に、何ですか!」
「ねえ、相談に乗ってくれる?」
 執務室から、心苦しいが自室へ移動する。安定君について誰かに相談したかった。こんのすけに仲良しになる方法を一緒に考えてもらうというより、ただ、話を聞いてほしいだけ。
 自室は、相変わらずごちゃっとしていて、こんのすけもさらに顔をしかめている。「まあまあ」と言いながら、敷きっぱなしの布団の上に腰を下ろし、こんのすけも膝の上に座らせる。
 そして、語りだした。要約すると、安定君とうまく仲良くなれない。私何かしたのかな?という話。
「…審神者様のだらしなさが合わないんじゃないですか」
「いつものごとく辛辣だね!それもあるかもしれんけど、そこは直せないからねえ」
「ではもう、仲良くなるということ自体、諦めては?」
「ひどい」
 その通りの言葉をそのままぶつけてくるこんのすけ。
「いくら審神者だからとはいえ、刀剣男士全員と仲良くしなくてもいいと思いますが」
 その言葉に、それもあるよなあ、と思う。でも、諦めたくないよなあとも思った。それを口に出したら、ため息をつかれてしまった。
「そうですか…。では、こちらで相手を知るのはどうでしょう」
 こんのすけの前に電子パネルが現れる。ふわふわおててで巧みに操作すると、パネルに刀剣男士のデータについて表示された。さらに、刀帳「87」を指定し、検索にかける。
「審神者様は刀剣男士についてのデータを見ていないのでご存じないかと思いますが、…沖田総司は戦場でなく、病床で」
「ぎゃー!!それはいいから!!」
 電子パネルの内容が見えないように、こんのすけの眼前で手を振る。
「…はい、そう仰ると思いました」
 私の叫びに素直に従ってくれたこんのすけは、パネルを消した。脱力。だらりと肩を落とす。
「沖田くん…かあ」
 それでも、こんのすけの発言をばっちり気にしてしまう。だから私の場合は、データを見ない方がいいのだ。
 安定は、元の主の呼び方をこう言っていた。「沖田くん」について話す安定はいつも笑顔だ。
「元の主である沖田総司をとても大切に思っているのかもしれませんね」
 加州と最初に会った日を思い出す。「過去は知らない、「今の主である私」が彼らを大切にする」と誓ったあの日。希望を胸に燃えていたあの頃の自分に申し訳なくなってきた。
 「安定は過去の主の沖田くんが一番で、今の主の私とどう接すればいいか分からない、だから、そっけない」なら合点がいく。
 じゃあ、私に出来ることはない?かえって迷惑?よく分からなくなってきた。
「……大和守安定様の気持ちが、分かる気がします」
「えっ?」
 突然、こんのすけが膝から降りてしまった。後ろを向いて、こちらを振り向いてくれない。
「…こんのすけ?どうした?怒っちゃった?…ごめん、長々と話をしちゃって」
「怒ってはいません。ただ、審神者様と接している内に、怖いと思うようになりました」
「何が怖いの?」
「死です」

「人って死んじゃうから。仲良くしたら、別れが来るでしょう」
 安定もそういう事を言うんだな、と他人事のように思ってしまった。こんのすけと別れた後、安定に直接問いただすことにした。「安定は、私と仲良くするのは難しいですか」と。はっきりさせて、諦めるか頑張るか決めようと思った。「分からない」の後に、この言葉が返ってくる。「そうか…」と言うだけで精いっぱいだった。
 このまま動けずにいた私を気遣ってか、安定は立ち上がると、自室に戻っていた。……脈はあるのだろうか。

 こんのすけは、戦いが終わったら自分はどうなるのか想像したら怖くなったと言う。私達と関わるようになって、人工知能は「恐怖」を学習したらしい。死んだら私達に会えなくなる。本丸の数だけ存在するこんのすけの中で「死を怖い」と思うイレギュラーなのは自分だけかもしれない。前は何も感じなかったのに、廃棄処分されるのを恐れた。ロボットは死んだらどこにいくのか。天国はあるか、無になるのか。
「勿論、戦いが終わり平和になることを望んでいます。なのに…どうしてでしょうね」
 小さなこんのすけの背を見つめることしか出来ない。辛かったら、「恐怖」の感情を消すべき?そんなことが可能なのか。
 だが、私がとやかく言える話ではない。「何か言おうにも責任が持てない、重すぎる」という気持ちが真っ先に浮かんだことに、自分自身へ苛立ちを感じた。
「「こんのすけがどうしたいか」を私は応援するよ」
 それでも、出来る事があれば協力するし、決断があれば、黙って受け入れる。その選択でいいんだ自信を持て、と言ってあげたい。
「な、なーんて…狐ジョークですよ」
「こんのすけ?」
「審神者様らしくないですね。真面目に私なんて気にかけて…。嘘です、嘘。問題ありませんから、審神者様は大和守安定様のことを目にかけてあげて下さい」
 震えた声だった。強がりで言っているのだと私でも分かる。依然として振り返らないこんのすけ。彼の脇に手を入れて、抱き上げ、また膝に乗せた。
「……ありがとうございます」
 しばらく、こんのすけを撫でていた。

 自身の死が怖いこんのすけ。人の死が怖い安定。
「大和守安定様の気持ちが、分かる気がします」
 こんのすけの言葉が浮かんだ。自分の死による、人の死による「別れが怖い」というのが共通点だったのだろうか。人は必ず死ぬしなあ…。今までちゃらんぽらんにやってきたのに、こんな重いテーマを語るなんて思ってもみなかった。
 安定からの言葉にノックダウンされた私は、また自室に戻って昼寝という名の考え事を続けていた。
 戦いが終わった後、こんのすけはどうなるのか。政府の職員さんに後で電話してみよう。なんとかならないだろうか。
 安定との接し方もどうしたらいいのか、さらに混沌を極め始めた。人は死ぬから別れが怖い?儚げ美少年からそんな事を言われるとは、まさに漫画のような展開…。現実逃避してきた。
「主~さっきレースゲームやってたんですよね?安定さんから聞きました。俺とも勝負しましょうよ~」
「ぎゃー!!」
 ノックもせずに自室に入られ、布団の中で丸まったまま驚く主。勝手に入ってきたやつは鯰尾だった。いいなあ、相変わらず鯰尾は能天気そうで、など心の中で毒を吐いてしまう。八つ当たりにも甚だしい。すまない、鯰尾。
「鯰尾、一声かけてから入っておくれよ。それにゲームする気分じゃない…」
「ゲームに乗り気じゃないって珍しいですね。どうかしたんですか?」
「…うーん、深刻な問題だけども言えないなあ…ごめん、気遣ってもらってありがと」
「もしかして、安定さんに「人と仲良くしても結局は死んじゃうから悲しい」みたいに言われたこと悩んでいるんですか」
 図星過ぎて噴き出す審神者。起き上がって、部屋に入ってきた鯰尾に掴みかかる。
「聞いてたの!?」
「はい、ちらっと。安定さんって意外とおセンチな方ですね。戦場じゃ物騒なのに」
 「戦場じゃ物騒」発言も気になるが、そんな言葉を聞いてもけろっとしている鯰尾に「深刻に思わないの?」と思わず質問してしまう。
「いいえ、そんなの当たり前じゃないですか。主と仲良くしても、戦いが終わったり、このまま主の寿命がつきたりで別れは来ますよね」
 本丸で寿命がつきるパターンだと?そんなものは却下だ。
「ここで天寿をまっとうする気はねえぞ…」
「でしょうね!ま、別れが来るまでぱあっと楽しく暮らせばいいのに、割り切れてないんでしょうね、安定さん。余程辛い別れがあったんでしょう」
「鯰尾は割り切れるんだね」
「えぇ、だって長い時代を渡ってきた刀ですもん。それに一度、俺は死んだ感じですしね」
「は…」
 聞いちゃいけない話では?プライベートにかかわる気配に、耳をふさぎたくなる。
「主、俺の話を聞いてくれませんか?」
「え、いいの…?」
「えぇ、会ったとき、最初に話すつもりだったんですよ?加州さん引き連れてそういう雰囲気じゃなかったので、そのままずるずると話さないままで、まあいっかって思ってたんですけど…」
 話すべき時が来たんだと思います。鯰尾がいつになく穏やかに、真剣に言うので、頷くしかなかった。
 鯰尾藤四郎は、一度焼け、再刃された刀。焼ける前の記憶がない。いつもからから笑っている鯰尾。彼のことを何も知らずに接していた。
「俺が再刃されたのはね、著名人の手に渡った名のある刀だったから。それだけです。忘れられていたら、そのまま死んでいたんだろうなって思うんです。刀としても、付喪神としても。あ、ちなみに刀が残っていても、人から忘れられたら付喪神としては死んじゃうんですよ」
 ラッキーだったなあ俺、と言われてしまうも、何と言葉を返せばいいのか分からない。しばらく経った後、「私と会えたこともラッキーか?」と問うてしまう。「えぇ」といい笑顔で頷くもんだから、「鯰尾は凄いねえ…」と声を絞り出していた。話をしてくれてありがとう。
「人は死ぬから、別れがつらいから、仲良くできない、を覆せる言葉ってあるのかなあ」
「安定さんより先に死なないとか?」
「いや無理だろ…」
「もう主らしく、自分の気持ちを泥臭く、愚直に伝えてみたら?玉砕したら俺がなぐさめてあげますよ」
「鯰尾」
 思っていることを伝えるだけ伝えてから後悔しろ。やらない後悔より、まだマシ。鯰尾は玉砕した私をどうなぐさめてくれるのか。拒絶されるパターンしか想像できないまま、当たって砕けることに決めた。
 自室を飛び出した私は、安定の部屋へ向けて歩を進める。
 彼の部屋の前に立つと、深呼吸し、なるべく平静を装いながら「安定いる?」と声をかける。部屋の扉がゆるゆると開く。加州がいた。安定は不安げに私を見上げている。何が怖いのか、不安なのか。
「あの、まだ、なんで仲良くしたいのか伝えてないなあと…思って…」
 怯えた目に、足がすくんでしまった。何回もごめんね、と言うと力なく首が振られる。一番頼りになりそうな加州は「俺は退散するね」と出て行ってしまった。行かないでくれ、と視線で訴えるも、通じていただろうに去り際に優しい笑みを向けられた。頭が真っ白になりそうだ。もう一度、ごめんと呟いた。
「どうして何回も謝るの?」
「え…、だって、私がいつか死ぬのは確定じゃん。そうとも知らず、馴れ馴れしく仲良くしようとして、悪いなあと思って…。でも、私は安定とくだらない話をして笑いたいんだよね」
 安定は私をじっと見つめている。一気に言ってしまえ。私の活舌、爆発しろ。
「別れの悲しみを飲み込んでくれないか、私は別れるまでの間、安定ともっと話がしたい。ゲームもしたい。後悔したくないからね。安定と、死ぬまでよそよそしかったら、私の心残りになるぞ。地縛霊になるぞ。私は死ぬ。安定はそれをどっかで看取ってくれるかもしれないけど、笑顔で別れたい。悲しい別れじゃないように。どれもこれも審神者のエゴだよ、本当…」
「僕こそごめんね」
 えっ、驚きで言葉がもれる。
「嫌われても仕方ないこと言ったのに、優しいね、主」
 えっ、驚きで言葉がもれる。2回目である。
「楽しいばっかりで怖かったんだ。僕の姿が見える主。僕と仲良くしたいって言ってくれる主。楽しい毎日。いつかは終わっちゃうんだって思ったら、うん、怖かった。でもね、もう怖くても、平気だよ」
 清光もね、別れが悲しくても、今度は一緒にいて支えてやるって言ってくれたんだ、と安定。
「僕が刀として朽ちるまで、沖田くんと同じように、主のことを覚えていたいな」
「あ…ありがとう、安定…」
「ううん」
 私がショックでのたうち回っている間に、加州も加州で安定と私を助けてくれていたのか。後でお礼を伝えよう…。加州が大好きな頭なでなでをしてあげたい…。泣きそうになっている私に、安定はおずおず申し出てくれた。
「ね、たまに見てて思ったんだけど、僕のことも撫でてくれないかい?」
 こてん、と首をかしげる安定。あまりの可愛さに感情が無になってしまった。
「…主?」
「あっ、はい。なでなでですね」
 猫っ毛な安定の髪をわしゃわしゃした。安定はくすぐったそうに、頬を赤くしてなでなでを享受していた。
 刀のことを知っている人間がいなくなったら死んでしまう。人間も同じなのかもしれない。みんなが覚えていてくれるなら、死んでも、そこまで寂しくないな、と思ってしまった。

 加州清光は審神者の部屋から出てきた鯰尾藤四郎に詰問しようとにじりよっていたところ、はっと顔をあげた。
「天敵の気配を察知」
「何ですって?」
 目線を安定の部屋へ向ける加州清光。鯰尾藤四郎は、この人何言ってんだ?と加州清光を凝視した。