山姥切の言葉をよく聞いてきたと思う。
最初の頃は不安げだった。おそるおそる私に近づいて、自分自身についてを確認する。
「なあ、主。俺は俺でいいのか?」
「めっちゃいいに決まってんじゃん。君は君だよ」
私はそれに軽く返す。ためになる言葉は浮かばないので、君は君でいいのだと即答する。
ちょっと本丸での暮らしに慣れてきたら、審神者に皮肉を言うようになる。
「俺を近侍にするなんてもの好きだな」
「毎日変えてるからね」
これは事実を返すことにしている。「山姥切君だから近侍にしたんだよ!」なんて軽く嘘をつく理由もない。山姥切君もそこは分かっていながらも、皮肉を言わずにいられないのだろう。だから、軽くでも嘘をついたら信頼を損なってしまう気がした。
「主、眠いのか」
「うん、ねむい…仕事の続きやってくれんか?山姥切…」
「分かった。俺なんかでできる事ならやろう」
「山姥切は「なんか」なんかじゃないよ…」
「…主」
「兄弟に仕事をさせないでください、主さん」
「ヒッ」
これは自室で勤務していたがやはり眠くなった時の話。近侍の山姥切に甘えて、仕事を代わってくれそうな雰囲気になったが、「俺なんか」と正す所は正しておく。そして、夢の世界へ旅立とうものなら、いつの間に、堀川が後ろに佇んでいたことがある。そう、恐怖体験の話だ。
泣く泣く山姥切と引き離され、私は堀川監修の元、今日一日分の仕事のノルマをこなすことになった。
「主、欲しいものはあるか」
「どうした急に?」
「いや、日ごろの礼を伝えたくてだな…」
「そんなん、大丈夫だよ~山姥切が笑顔でいてくれりゃあそれで…って私、またくさい事をいったね?」
「そうか…笑顔…」
「スルーしてくれてありがとう!」
恥ずかしい体験をぶり返すようなこともあった。自然な笑みを作るのが難しいようで、あの時はそれはぎこちない笑顔を見せてくれた。
そして、時は来た。
「山姥切の話はよく聞いてきたと思う」
「…あぁ、飽きもせずに寝ながら聞いていたな。本当に変わってるよな、あんた」
「お褒めの言葉、ありがとう」
不安そうな言葉には自己肯定、皮肉には嘘をつかず、正直に。自分を卑下する言葉は取り消していく。これらを実践してきた結果、山姥切はじめじめした言葉を割と吐かなくなった。
「だけど、まだネックになってることがあると思うんだ」
「本人を前して、どうしたの主?」
この本丸に来た時、酷く私の顔色を窺っていた加州。今ではけろりとして、私に苦言を呈することも出来るほどに成長した。そんな加州に、山姥切への助言を願いたい。まだ、根っこの部分で引っ掛かりがあるはず。
というか、他のみんなにも集まってもらっている。
「許可は頂いています」
ほれ、と促すと、傍にいる山姥切が頷いた。
「本丸にいるみんなに相談したい。……俺はどうしたら本科を気にすることなく「俺は俺だ」と心から思えるのだろうか」
「いきなり難しいね」
安定を皮切りに、みなが「うーん」と唸る中、鯰尾が手を上げる。挙手制。
「はい、鯰尾」
「山姥切さんの本科と戦って勝つのはどうでしょう!」
「熱いバトル漫画だね~。だが、却下!」
「何でですか!」
「政府からの監査を受けなきゃ、その本科?は迎えらないらしくて…。この本丸に監査官とか、激怒されるだろうし、怖そうなので、呼べません」
自己都合じゃないですか!とブーイングが飛ぶ。審神者は「ごめんて」を唱えた!
そんな中、山姥切からも挙手が。まさかの本人。
「はい、山姥切」
「実は、言いにくかったんだが…本科は山姥切長義という。だから同じ山姥切で呼ばれるのは、俺には…」
「ではこれからは「まんばちゃん」と呼んででいきましょう」
「!?」
ここはスピード解決本丸である。顕現した当初から気にしていたのか、ごめんね、とも声をかけておく。
「兄弟は、兄弟で、この本丸の仲間じゃない。それじゃあ駄目なの?」
「…あぁ、頭では分かっているんだ。だが胸の奥で、そう断言していいのか自信がなく…」
「自信って何の自信がないの?自分への自信?なら、何が欠けていると思うの?」
無垢な安定のマシンガンジャブの如き追及に、項垂れてしまったまんばちゃん。10HIT!のような数字が浮かんでみえた。
「…存在理由、存在意義が分からない」
「ふうん、写しだから?でもここにいいんだって、それを存在理由にしちゃあ駄目なの?主、なでなでしてくれるよ」
「なっ…なでなでなど、別に…」
「山っ…まんばもやってもらったら?愛されてるって感じるかも」
「ねっ」と安定が私に愛らしく笑いかけた。まんばも私に向かい、そわそわしている。加州は「ライバルが…また…」などと呟きながら、わなわなと震えている。
「えーっと、頭、撫でてみるか?」
「あぁ…試しに、頼む」
隣のまんばの頭に手をのせると、被ったままの布越しながらも優しく頭を撫でてみた。
「いかがでしょうか」
「…悪くは、ない」
「あ、本当?それなら良かった」
まんばちゃんの心の安らぎに繋がるならば、これからも頼まれればやってみようか。
先ほどから震えていた加州が声をあげた。
「山っ…まんばはまんばだろ!主に弱みを見せる度優しくしてもらっちゃってさ!正直羨ましい!そんなことしなくたって、お前はお前!俺が保証するから、主からのなでなでは金輪際やめろ!」
「清光君、欲望に忠実!」
加州の色んな意味で熱い言葉に、頬を赤くするまんばちゃん。それを見た、ここにいるみんなが顔を見合わせた。
「山っ…まんばさん、本科とはまんばさんは全然関係ないですよ。まんばさんは過去に、サボろうとする主の仕事を代わってあげようとしてたんでしょう?そんなこと、そうそうできませんよ」
アッ、堀川から全刀剣に伝わっている…!?堀川、貴様。…と睨みつけようとしたが、私が100%悪いのでやめておいた。
「山っ…まんば殿は我らにもよくして下さるじゃありませんか!シャイな鳴狐を気遣って、一緒の内番になったら、率先して仕事を仕切って頂きますし、それに、ご自分の油揚げを私めにも分けて頂けます…!まんば殿は我らの自慢の友です!」
シャイ仲間なまんばちゃんと鳴狐は仲がいい。人と関わるのにも、自信のなさを見せていた。それを察して、加州や鯰尾、安定はぐいぐいと彼を引っ張って、内番など仕切ってくれていた。堀川は兄弟だからと、お互いぽかぽかしながら作業していた印象しかない。
だが、鳴狐に関しては、彼がほぼ喋らないおかげか、まんばちゃんがが率先して鳴狐たちを気遣ってくれているみたい。
「兄弟はね、僕を兄弟だって、最初から認めてくれたよね。それがすっごく嬉しかった。当たり前だと思ってるんだろうけど、僕、兄弟のあの言葉に救われたよ?僕だって、僕は僕でいいんだな…って自分でも認められたんだ」
いつの間に、兄弟間でそんなエピソードがあったのね。美しい兄弟愛だわ。
ここまで、褒めてもらってまんばちゃんは耳まで真っ赤になっている。
それにしても、集団で自己肯定してくれるのってすごくない?…えっ、今度私もやってもらおう。… 後、堀川以外が「山っ」と言いかけているのはあえてスルーしている。
「…お前たちに、礼を言いたい」
頭にかぶっていた布をとったのに、ここにいる全員の目が驚きで丸くなったことだろう。
「…俺なんか…いや俺に、自信をつけようとしてくれて、ありがとう。お前たちの言葉を糧に、自分をこれからもっと認めていきたい」
「まんばちゃん…!!」
ありのままの自分を認めていきたい。前向きになったまんばちゃん、綺麗よ。
「主も、ずっと俺に言葉をかけてくれて、ありがとう。…前に欲しいものがあるかって聞いただろ?」
息を呑む審神者。そうだ、それにまんばちゃんが笑顔でいてくれたらって答えたんだ!笑顔くるぞ!!絶対胸を押さえて緊急搬送されてしまうぞ!!
まんばちゃんの笑顔がいつくるか、身構えるも、まんばちゃんは言葉を続ける。
「あの後みんなにも相談して、考えた結果、主の為になるものをみんなで贈ることにした。…受け取ってくれ」
まんばちゃんは布の中を探ると、ラッピングされた手のひらサイズの箱を渡してくれた。その際、照れた笑顔も頂いた。あ、これ、審神者はこれも待っていたの。
「みんなから?サプライズだねえ…!ありがとう…!」
「えへへ、気に入ってくれると嬉しいな」
みんなが私に笑みを向けている。何だろう?大きさからしてアクセサリーかな?などと想像しながらリボンを解いて、箱を開いた。
「時計…」
中身は小ぶりで可愛らしい、みるからにお高そうなピンクゴールドの腕時計だった。
「嬉しい!けど、なんで腕時計をチョイスしたの?」
私の質問に、堀川が満面の笑みで答えてくれた。
「本丸にはあんまり時計を置いていないでしょう?なので、仕事をする時間をちょろまかそうとしないよう、僕らで考えてのプレゼントです」
う、わー…理由を聞いたら、嬉しいのか嬉しくないのか分からなってきた。
「あ、ありがとう!」
「まんばさんのことより、自分のやるべき事をちゃんとこなしていきましょうね!」
「お、おう…」
その後、「1日せめて3時間くらいは仕事してもらいたいよね」など、私についての会議が始まる。時計を見るに、意見を言い合っている内に2時間ほど時間が経過していた。その間、私はただただ沈黙していた。