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 長谷部は他の子と関わらない。みなが介する食卓でも、無言でもぐもぐ。気になって、何気なく話しかけるとパッと笑顔で応えてくれるのだが、長谷部はここに馴染めていないのだろうか。心配した私は長谷部の行動を隠れて観察しだす。普通に「相談を聞く」などでなく、「隠れて観察する」選択をしたのは、誰かと協力してやる作業、例えば内番とか、どうしてるかな?という単純な興味だった。
 そうすることで、私はちゃんと素の長谷部と向き合うことが出来たのだと思う。

 縁側の柱の影から思わず言葉を失った。畑仕事で同じ当番の加州に対し、ぶっきらぼうに指示を出していた。いつもの素直で丁寧な長谷部は何処へ?固まりそうになりながらも観察を続ける。
 先輩である加州の方が勝手が分かっているはずなのに、こうした方が効率がいいと言うではないか。加州は長谷部の言うことに「はいはい」と従いながらも、不満げな顔をしていた。
 柱の影から、屋敷の内部に戻るよう駆け出していた。自室の扉を開いて、敷きっぱなしの布団に飛び込むと、動けずにいた。
 接し方が私とでは全然違う。知らなかったのは私だけか?過保護なくらいに優しく、微笑み返してくれる長谷部はそこにあらず。
 …いや、個人的に加州が気に食わないだけで、他の子には私のように接しているんじゃないか。淡い希望にすがるように、私は立ち上がる。観察を続けることにした。

 長谷部が洗濯当番の日には、まんばちゃんの命とも言える布を引っ張り合いの末、布を剥ぎ取って去っていくのを見てしまった。「主の御前で、汚れたままの姿でいるな!」とのお言葉つき。
 長谷部が去った後、身を抱きしめるまんばちゃんの元へ駆け寄る。布で隠されてないまんばちゃん、あらまあ綺麗…。思ったことをそのまま口に出していたら「綺麗とか言うな」と寂しい熱帯魚ポーズで顔を隠されてしまった。
「ごめんよ。…てか、大丈夫か?まんばちゃん」
「まあ、前よりはマシだが…大丈夫じゃない」
 ですよね。急に布を取られるの、嫌だよなあ。相槌をうっていると、まんばちゃんは真剣な表情で私の方を向いた。あら、イケメン。ぺろっと口に出すと「イケメンとか言うな」と顔が赤くなる。ごめん。
 気を取り直したまんばちゃんはこう言った。
「主、長谷部に布を奪うのをやめさせてくれ」

 背筋ピーンで廊下をきびきびと歩いていく長谷部。柱に隠れながら尾行していると、私の背中に誰かがぴとりとくっついた。変な声が出そうになるのを堪えながら、反射的に振り返る。そこには目線をうろうろさせた鳴狐ウィズお供の狐。明らかに様子がおかしい。
「どうした?何かあったの?」
「…長谷部、こわい」
 また、長谷部。顔が強張りそうになるのを抑えて、表情を明るくしながら何があったのか聞いた。お付きの狐が沈んだ顔で語り出す。
「ある所に本丸の掃除をしていた鳴狐がおりました」
 物語風に始まるお話。そんでそんで?と審神者は早速食いついた。
「そこへ長谷部殿がやってきました。長谷部殿は、鳴狐の目の前で窓のフチを人差し指ですくいました」
 恐ろしい展開が見えてきたぞ。
「長谷部殿の指は、ホコリで汚れておりました。「もっと掃除に専念しろ、主のお体に障る!」とホコリのついた指を鳴狐の眼前に突き出しました」
 予想通りの恐ろしい展開に、私は「そうか…」とうなだれた。審神者、そこまでヤワじゃない。寧ろ自室のが汚い。
「確かに仰るとおりですし、長谷部殿が掃除した後は塵一つ残らないほどに完璧なのですが、私たちがどこか掃除をする度に長谷部殿に綺麗にできているかチェックされるので、正直、戦々恐々としております」
 度々チェックされることで、うまく出来ていなかったらどうしようと不安になるし、掃除自体もしんどくなりそうだ。バイトだったらバックレるレベル。
「…そうして、鳴狐は長谷部殿にすっかり怯えてしまい、長谷部殿がやってくるたび、誰かの背中に隠れてしまうのでした」
 話が終わり、静まり返る廊下の一角。うつむく鳴狐を労わるよう「つらかったね」と言葉をかけてあげることしか出来ない。彼の肩に乗った狐は意を決したように目を細めた。
「主様、長谷部殿のお掃除チェックを止めさせてほしいのです」

 希望にすがっても駄目だと悟った。これが現実。だが、普段の長谷部とのギャップに、ショックが強すぎて頭がくらくら。心なしか顔も熱くなってきた。私がやったわけじゃあないのに、みんなに向かって謝りたい気持ちになった。だが、謝ることもできず。
 後々、長谷部とはサシで話し合う必要があるだろう。態度を改めてほしいと、お願いすればそうしてくれるかもしれないが、だからといって長谷部の素の面を抑圧するのも…。
 「みんな仲良くしたい」と思うが、それは押しつけだ。私は項垂れる。
 学生だった頃はクラスの「みんなと仲良く」なんて絶対無理だと思ったし、苦手な人、嫌な奴はどこにだっていた。あまり誰かと馴れ合いたくない人だったら尚更だ。
 この本丸の主として居心地よく過ごしてきた傲りなのだろう。
 この前は加州の後押しもあり、安定と和解できたけど、全部うまくいくわけじゃない。うまくいかないこともある。みんなも、長谷部もハッピー!な最高の方法なんて、そうそうある訳じゃない。
 大団円を諦めていることに申し訳ない気持ちになった。それでも、みんなにとっての最善を叶えられるように、出来る限りなんとかしたい。
 だが、考えるほど、みんなをまとめる力に関して自信がなく、話し合うことすら億劫になってくる。心の安寧の為に今すぐにでも自室に閉じこもりたくなった。そして、寝よう。寝てからまた考えよう。
 とぼとぼ自室へのルートを辿っていると、「あれ、主、大丈夫?」と加州の声が聞こえた。加州は振り向いた私の顔を見るや、こちらに来るよう手招いた。
 居間には、加州を筆頭に、鯰尾、堀川、安定がちゃぶ台を囲むように座っていた。真ん中に煎餅が用意してあることから、休憩していたのだろう。
「疲れた顔してない?ちょっと向こうで昼寝したら?」
「そうだよ。倒れる前に休んでよね…」
 加州の言葉に甘えて、少し離れたところで、置いてあった座布団を枕にして横になった。こんなことで倒れやしないだろうが、安定にも余計な心配をかけたくない。鯰尾も堀川も、「お茶いります?」「枕持ってこようか?」と案じてくれている。大丈夫、と首を振ると、心のもやもやを息にのせて、吐き出した。ありがたい。みんなの気遣いが身に染みる。
「なんかあった?」
 優しい声色の加州にすぐ甘えてしまいそうになるが、「私にはとびきり優しいのに、他の子には長谷部が厳しくて見ていて辛い」と言ってしまうのは長谷部の評判に関わる。
「もしかして、……長谷部のせい?」
「ドキッ」
 核心を突かれ、思わず口から心臓の鼓動が飛び出てしまった。起き上がって「ち、違うんだ」と否定するも、そのまま話は進んでしまう。
「やっぱり。主、長谷部を尾行してたもんね」
 バレていたのか。尾行に集中しすぎて、誰かに見られていたことに気付かなかった。
「…長谷部って、やっぱり、みんなにも厳しいの?」
 さらならショックを覚悟しながら長谷部について尋ねてみる。みんなは、顔を見合わせた。「それで尾行してたの」と安定が呟く。尾行の理由も知らせてしまったことになる。
「そうですね。厳しいし、割と命令口調なのが気になるかなあ。言い方をちょっと変えたら良いのに」
 堀川も厳しくないか?と思うも、さすがにこれは言えない。だが、堀川の意見はもっともだ。「言い方をちょっと変えたら…」その言葉、いただき。
「そだね。主と僕らとじゃ態度が違いすぎて、初めて見た時はびっくりしたなあ」
「安定さんも普段と比べて戦場じゃ…何でもないです。確かに長谷部さんて、分かりやすい人ですよね」
 安定も、長谷部の対・審神者との接し方を見て、驚きを感じていたようだ。
 鯰尾の言葉にも頷きかけたが、安定が「うん?」と首を傾げた為、鯰尾共々押し黙っておく。彼は自覚しているのか、その間記憶がないのか、いつかはっきりさせたいものだ。
「長谷部って俺にかなりあたりが強いんだよね。多分主の寵愛を受けてるのに嫉妬してるんだよあれは」
 加州…。うーん、それは知らん。加州の言葉に首を捻っていると「主、大丈夫ですか!?具合が悪いと聞いて参上しました」と長谷部が突然やってきて、この部屋にいる全員が叫んだ。
「なっ、何故ですか!?」
 タイミングが良いのか、悪いのか分からない。主に私の反応を見て狼狽する長谷部。
「いや!なんでもないんだよ、なんでも!」
 すぐごまかそうする。だって長谷部を傷つけてしまう。…長谷部とは後々、一対一で話をする。ここは、一回お引き取り頂いて…。
「…ちょっと、長谷部、そこ座りなよ」
 加州ー!?今度は声にならない叫びを加州に向ける。加州は、いつもより低い、明らかにご立腹な声で長谷部へ座るよう呼びかけた。長谷部は加州を一瞥するも、すぐ私に向き直り、心配そうに「主、お加減はいかがですか?」
 はい、加州を思い切り無視した!加州の怒りが爆発する前に、もうここで話をするしかなさそうだ。
「長谷部、ちょっと話したいことがあるの。みんな一回、居間から出てってくれる?」

 複雑そうな顔をしながらも、加州たちは居間から出て行ってくれた。
 我ながら珍しく正座すると、長谷部に生活態度のことをストレートに伝えた。まんばちゃんや、お供の狐からお願いされたことは、尾行していた私からの要望とする。
 「みんなにもっと優しく接してみたら?言い方をちょっと優しめに変えるだけでいいから!」という提案は、私のくだらない話を聞く時のように「そうですね」と相槌をうつのみ。
 「まんばちゃんの布は無理やり持っていかないでほしい」「他の刀剣の子らの掃除のチェックは控えて欲しい」という要望であれば、「かしこまりました」と頭を下げる。
 まったく「やってやったぜ!」みたいな手応えがまったくない。…それでも、言ったことはちゃんと守ってくれるのだろう。だが、それでは根本的な解決にはならない。主命で優しくなった長谷部だって自分を抑え込んでしまう。みんなとの円滑な関係を望んでも、取りこぼしてしまうものがある。
「長谷部はこれでいいの?」
 思ったより小さな声が出た。「えぇ、主がそう仰るなら」とすぐに返ってきた。貼り付けたような笑みを浮かべている。たまに見せるよね、その表情。
「でも、長谷部も辛くない…?」
「俺のことは良いのです。主命が第一ですから…」
 長谷部はゆっくりと、居間の入り口へ目を向けると、声を上げた。
「おい、お前たち。盗み聞きしているのは分かっている」
 強い口調の長谷部の言葉に、肩が震える。やはり慣れない。
 先程まで居間にいた面子が見事に揃っている。入り口から姿を表すと、居間へ入ってきた。
 盗み聞きしていたのか。私も長谷部を尾行していた身、おいそれとみんなを咎めることはできない。
「僕ら…長谷部さんが無理して優しくしてくれても、全然嬉しくないです」
 堀川の言葉に思わず、俯いてしまう。
「いつもの態度で全然構わないけど、少しでも歩み寄ることは出来ないのかな?」
 いつもの長谷部でもいい、という安定の言葉に顔をあげた。
「不本意だけど、一応仲間だろ俺ら」
「そうですよ。みんなで、仲良くしましょうよ」
 みんなも長谷部との接し方を考えてくれていた。そう思うと、目が潤んできてしまう。
 長谷部は「みんな、仲良く?」と言葉を繰り返した。
「みんな仲良くなど、何を甘っちょろいことを…!俺たちは刀だぞ?俺も含め、お前たちは主に貢献できればいいんだ。その為に効率的に…」
 本心であろう、長谷部の言葉にショックを受けた。冷静さを失った私には、その頑なな言葉を追求する術を知らない。ひそかに抱いていた理想を否定されたことのみ頭を占めていく。
「そ、そうだよね。みんな、仲良くって…無理だよね…」
 難しいことだって分かっていたのに。さっきまで感動で濡れていた瞳から、涙がこぼれた。
「主…?」
 泣き止めと焦るほど、嘲笑うように涙が溢れる。自分の体が言うことを聞いてくれない。ここは、へらへら笑うところだろ、私!「そうだよねえ」って笑って……笑えるもんかーっ!!
「うおおおおおん!」
「主!?」
 遠慮なく、心のまま号泣しはじめた。我慢するのはよくない。周りがどうなろうと知ったこっちゃない。ひとまず泣かせろ!
「ティッシュティッシュ!」
 多分、鯰尾がティッシュ箱ごと押し付けてきたが、拭うつもりはない。鼻水が垂れてきたのをそのままに、思ったことを叫ぶのみ。長谷部に失望されてもいい、どうなってもいい。
「あ、主、申し訳ございません!!俺が、至らぬことを」
「うるせ?知らね?!!大体なんだ、「俺たちは刀だから主に貢献しろ」って、そんなこと頼んでない!!私はみんなで楽しく過ごせればいい!!主従関係とか全然考えてねーから!!」
 涙や鼻水で、心なしか声がしわがれているが仕方ない。一息でここまで叫んだ後は、再度息を吸ってもう一回。
「私は長谷部を、みんなを、ただの刀だって思えないんだよ!!生きてるじゃん…みんな…」
 ゼイゼイと肩を上下させる。私の荒い呼吸以外聞こえない。膝の上のティッシュを誰かがとる。
「んもー、鼻水ちーんしな」
 加州がティッシュを鼻にあててきた。仕方なく、言われるまま、ティッシュを持って鼻をかむ。一枚では足りなかった。
 その後、さらにティッシュをとって涙もぬぐうも、頭が熱いまま。みんなうろたえているかもしれないが、もういいか…。
「もう寝る」
 居間でごろんと横になった。すぐにうとうとしてきた。

「泣き疲れて寝ちゃいましたね。子どもみたい」
「まあ俺らの生きてた時代と比べるとはるかに子ども…赤ちゃんだけど」
 目蓋を赤く腫らせ、すやすや眠る審神者を見つめる刀剣。
 そして、畳に目線を落としたへし切長谷部に四振りが目を向けた。
「長谷部さん、落ち込んでますか?」
「……分からん」
 顕現したばかりだからな、と堀川国広が自らの記憶を思い返していた所に、へし切長谷部が言葉を続ける。
「……俺は、主に嫌われたのか?」
「それは無いと思うよ」
 顔をあげたへし切長谷部は、この世の終わりのように呆然とした表情をしていた。大和守安定がやんわり否定しても、「だが」と納得できない。
「……長谷部は、鼻水垂らして泣き叫んでても、主に幻滅しないんだね」
 大和守安定の言葉に「俺が主を幻滅する?」と反芻するよう口にしたが、「そんな訳あるか」と首を振った。
「長谷部からしたら、「甘いことを言っている」主に幻滅するところだと思うんだ。でも、長谷部はおろおろしてる。それより、主を傷つけて悲しませたこと、後悔してるんじゃないの?」
 自分の殻を守るために審神者を苦悩させた大和守安定だからこそ伝えることが出来たのだろう。彼の的を射た指摘に深く息をつく、へし切長谷部。
「主の為に、主のお役に立てる様にと行動してきたが…、主がどう思われるか、考えたことがなかった。俺たちを道具だと思わずに、「生きている」…か」
 涙と鼻水で顔をちゃぐちゃにした審神者が自身の思いを叫んでいた。彼女が口にした思いを噛みしめるように呟く。刀剣男士であるへし切長谷部も、審神者にとっては「生きた仲間」。
「これから変わればいんじゃね?」
「そうだね。長谷部さんが仲良くするのが無理でも、必要最低限協力して、支え合うこともまた、一つの道では?」
 加州清光はそっけなく、堀川国広は笑みを浮かべながらへし切長谷部を案じる言葉をかける。それもこれも、自分たちの主がへし切長谷部のために心を砕いていたから。
 長谷部は「…善処する」と声を絞り出した。
「てか主も俺たちにもっと頼ってくれたら良かったのに」
「長谷部さんのために一人で抱え込んでたんじゃないんですか?」
「すげー釈然としないけど…、まあ仕方ないか」
 審神者は熟睡しているのか、加州清光に頬をつんつん指で押されてもただただ寝息をたてるのみ。彼女が起きた時、事態が収束したのを見て、笑ってくれるといいな。加州清光は彼女の笑顔を思い浮かべ、自身も頬を緩めた。