※多分続く、最後はメリーバッドエンド
肌寒い季節になり、最近マフラーが手放せなくなってきた。バイトが終わり、アパートの近くに着くとほうと一息。夜も更け、ロビーの灯りが頼もしく感じる。丁度1階に止まっていたエレベーターに乗ってしばらくの所にナマエの部屋がある。女の子なんだから、と心配した親が高い階にしなさい、と家賃の援助をしてくれた。
ドアの鍵を開いて、真っ暗の部屋に戻ってきた。廊下を渡って部屋の明かりを付け、テーブルに惣菜の入ったレジ袋を置く。コートとマフラーをハンガーにかけると、部屋のカーテンを閉めた。
実家のある巌戸台から離れ、地方の大学に進んだナマエ。自分で決めた道ながら知り合いもおらず、心細い思いをしていた春だったが、今では友人もでき、ほどほどに充実した生活を送っている。
高校時代の友人たちとも相変わらず連絡をとりあっている。都会の大学に進んだゆかりは学業の傍ら、モデルの仕事をしており、ファッション誌の専属モデルとして活躍している。その延長でテレビ番組に出演することもあり、さすがにキラキラだけでない、芸能界の悩みを聞くと毎回慄いてしまう。仕事で忙しい中でもナマエと連絡をとるのを欠かさず続けている。
アイギスともメールのやりとりを続けている。彼女は現在、月高の生徒会長だった桐条先輩のお仕事の手伝いをしているのだとか。高校時代から好奇心旺盛だった彼女は、よく話を広げてくれる。どんな生活をしているのか、バイトは大変じゃないか。話の節々で、ナマエを気にかけてくれるアイギスは、心優しい友人の一人である。
きっと二人とも、ふさぎ込んでいた私を気にして連絡してくれるのだろう、と彼女たちの好意を素直に受け取れずにいたナマエだったが、後ろ向きな考えをする頻度は段々と少なくなっていた。有里湊について思いを馳せることと同じように。
3月5日、大好きでたまらなかった恋人が亡くなった日だった。そう、付き合い始めたのは今ぐらい、秋だったと思う。
ナマエは手洗いを終えると、朝に炊いたご飯を茶碗によそい、総菜のパックを開ける。いただきますと手を合わせて、おかずを口に運びながら、やはり湊のことを思い返す。彼について思い出す「ほんのたまに」の中の一回。これからも思い出すことが減っていくのだろう。ナマエはそう思うと、「切ないなあ」と呟いた。思い出す頻度が減ることを「嬉しい」とは思いたくなかった。
彼のことを思い返す度に、気分が落ち込んだり、泣いてしまうことがある。その日や次の日に影響を及ぼすこともあったため、ずっと彼の事を考えるのは難しかった。いっそ彼のことを忘れてしまえば、落ち着いた心の状態になれる、前を向いたり、大切な人を新たに探すことだってできるのに、ナマエは彼との記憶を宝物のように引き出しにしまっている。
湊くんって、きっと自分が死んじゃうのを分かってたんだよね。だから、別れようって言ったんだよね。ナマエは何回も何回も同じことを考えているのを自覚している。それでも、繰り返してしまう。その考えに、答えは永久にもらえないのに。
別れるに至る原因が分からず、頭が真っ白になって返事できずにいた。そんなナマエに「ごめんね」と言い残して湊は去っていった。その日、3月5日に湊は亡くなった。
ご飯やおかずを飲み込もうとするのに、喉が締まる心地。食欲もなくなってきた。食べかけていた総菜はパックを閉めて冷蔵庫へ。ご飯をよそった茶碗には、炊飯器の中に残っているご飯をさらにつめこんで、ラップをする。
どうして死んでしまったの。湊くんのことを、全部知りたい。あの日から心の整理が出来ていないまま。
お葬式に呼ばれたときも、月高の子ら以外にも、彼が色んな世代の人たちに慕われていたのを知った。中年の男性、駅の本屋のおじいちゃんおばあちゃん夫妻、小学生の子、みんなそれぞれ、私の知らない湊くんを知っているのだ。
ご飯を冷蔵庫に入れる内に、涙が止まらなくなる。急いでテーブルからティッシュをつまんで、ぼろぼろ涙が伝う顔にあてる。
湊くんに会いたい。